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【政治】

駐留米兵裁判権放棄の密約 運用定着、60年に内規削除

 駐留米兵らへの裁判権を日本が放棄した密約を検察内に浸透させるため米軍関係者起訴時の法相指揮を定めた一九五四年の法務省内規の項目が、六〇年に削除されていたことが十二日、分かった。密約の運用が検察内部で定着したのが理由で、日本側は実際、削除後の三年間で関連事件の九割の裁判権放棄に応じていた。公文書開示請求で入手した内規や専門家が見つけた文書で判明した。

 日米地位協定は、米軍関係者の公務中の事件は裁判権が米側にあると定める一方、公務外は日本の裁判権を認めている。だが、五三年に日本政府が重要事件を除き裁判権を行使しないと伝達し、密約が成立した。一連の文書は、密約が短期間で検察現場に根付いた実態を示す。

 専門家は、米軍基地が集中する沖縄の現状を踏まえ「(裁判権放棄の陰で)市民生活の犠牲の歴史が今も積み重ねられている」(明田川(あけたがわ)融法政大教授)と指摘している。

 内規は密約翌年の五四年に法相が検事総長らに出した「処分請訓規程」。米軍関係者の起訴時は法相の「指揮を受けなければならない」と記していた。しかし法務省の開示文書によると改定日米安全保障条約調印後の六〇年四月に内規から法相指揮の項目が削られた。

 その理由について法務省は、経緯が分からず「回答困難」としている。だが七二年の同省の内部文書「検察資料」は内規の「運用の実績」に鑑み、法相指揮の対象から除外したと明記。米軍関係者への裁判権行使は「特に慎重な配慮を要する」とし、密約の趣旨を堅持するよう呼び掛けている。

 この資料を古書店で入手した信夫(しのぶ)隆司日本大教授は「密約が検事に十分周知され、不必要となったため法相指揮が外れた」と分析。密約後の三年間で、米軍絡みの事件の九割超で裁判権が放棄されたデータが、五七年六月十日付の米国務省の内部メモに残されている。

 一方、六五年一月十五日付の国務省公電によると、法相指揮削除後の三年間で、日本は約七千七百の事件の九割で裁判権を放棄した。

<裁判権放棄密約> 日米行政協定(現在の地位協定)が規定する米兵、軍属らによる事件のうち、殺人などの凶悪犯罪を除き、日本側が裁判権を事実上放棄した秘密合意。日本は1953年10月28日、日米合同委員会裁判権小委員会で「実質的に重要と考えられる事件以外については、第1次裁判権を行使する意図を通常有しない」と陳述し、日本の裁判権が大幅に制限された。専門家は密約とするが、日本政府は2011年に関連文書を開示し「双方の合意はなかった」と密約説を否定。地位協定は米兵らが「公務中」ならば、原則的に米側に第1次裁判権があるとしており、日本の検察当局は起訴できない。

 

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