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【政治】

「核抜き本土並み」議論克明 沖縄返還 研究会記録現存

1969年3月、沖縄返還後の基地のあり方について最終報告書をまとめた沖縄基地問題研究会=東京都内で

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 沖縄返還交渉を巡り、米軍基地の取り扱いを検討するため1968〜69年に佐藤栄作元首相の諮問機関の一環として設置された「沖縄基地問題研究会(基地研)」の議事要録が、国立国会図書館に現存していることが分かった。基地研での議論は「核抜き・本土並み」を掲げた佐藤元首相方針の下地となったとされ、専門家は「議論の過程がよく分かり貴重だ」としている。

 非公開の会合で、これまで最終的な報告書しか公表されていなかった。議事要録からは、返還後も核兵器の配備が必要との意見が、軍事技術の発展で撤去可能とする見解や反核世論に押され、次第に「核抜き」に収束していく過程が分かる。歴代首相の相談役で、会の事務局長を務めた末次一郎氏の遺族が昨年五月に寄贈した。

 佐藤元首相は六七年十一月、ジョンソン元米大統領と「両三年内」に返還時期のめどを付けると合意。基地の在り方は白紙で、沖縄出身の大浜信泉(のぶもと)元早大総長が佐藤元首相の賛同を得て、軍事評論家や国際政治学者で構成する基地研を発足させた。

 会合は六八年二月〜六九年三月に二十回開かれ、委員らは現地で調べた基地の使用状況や現地世論の動向を加味して討論。要録はこのうち十六回分で、発言者は特定を避けるため記号で示されている。

 沖縄は東アジアにおける米軍の戦略拠点で、六七年には約千三百発の核兵器が配備された。第十一回会合で防衛庁職員が「沖縄には抑止と対処の機能を持たせてほしい」と、核を含む基地の自由使用を米に認めるよう求めると、ある委員が核撤去後の「有事持ち込みということもできる」と発言。同庁職員は「(有事持ち込みは)機能としては必要だ」と応じた。

 潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)や爆撃機など核の運搬手段が多様化し、沖縄配備の必要性はないとの指摘も。六八年十一月の琉球政府主席公選で反基地派の屋良朝苗(やらちょうびょう)氏が勝利すると、核不要論が大勢を占めてゆき、同月の会合では、ある委員が国内政治を念頭に「核付きで返還に同意しても新しい緊張の開始にほかならない」と憂慮した。

 基地研は米専門家からの意見も聞き、「米国は核が重荷になってきている」(第十八回会合)などとの感触を得て、六九年三月、「核配備の重要性はない」との報告書をまとめた。

<沖縄基地問題研究会> 沖縄返還に伴う施政権や教育制度などの構想を検討した佐藤栄作元首相の諮問機関「沖縄問題等懇談会」の一環として設置。議題は在沖米軍基地の在り方に特化し、佐藤元首相の密使として返還交渉に臨んだ国際政治学者の若泉敬氏や、軍事評論家など14人の委員で構成した。1968年2月から69年3月に20回開催。沖縄への核配備の重要性はなくなり、日米安全保障条約に基づく事前協議制度を適用すべきだとする報告書を作成し元首相側に提出した。

1969年11月、米ホワイトハウスで会談する佐藤栄作首相(左)とニクソン大統領=共同

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