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【政治】

<2020年 核廃絶の「期限」>被爆者の苦しみ直視 若い力 つなぎ続ける

手をつなぎ原爆落下中心地碑を囲む高校生平和大使の斉藤帆香さん(右から2人目)ら=2019年8月9日、長崎市の爆心地公園で

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 「日本政府代表と一緒ではなかったけど、小さな国々が核廃絶実現に背中を押してくれた。そんな動きをもっと広めていきたい」

 「ヒバクシャ国際署名」事務局スタッフの鈴木慧南(けいな)(26)。昨年十月に米ニューヨークの国連本部で、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)による約千五十万筆の署名目録提出に立ち会った時のことをこう語る。

 二〇一六年に始まった国際署名は、核兵器禁止条約への加盟を各国に求める。アフリカや中南米など百二十二カ国の賛成で成立した条約に、日本は反対の立場。国際署名は二〇年中に数億筆の提出を目指す。

 鈴木は横浜市出身。一三年夏、明治学院大の平和サークルの合宿で訪れた広島で初めて被爆証言を聞いた時を「私に何ができるんだろうと絶望した。平和活動をしても苦しいだけなのかなって」と振り返る。

 直後の長崎合宿で、被爆者の田中安次郎(77)と出会ったのが転機。田中は、鈴木ら約十人の学生と爆心地公園などを歩き、被害を紹介しながら「核なき世界への希望を未来に託したい」「平和への思いは身近なところから始まる」と語った。鈴木は田中を慕い、長崎に通う。二年後には大学を休学して八カ月間、長崎に住んで講話に同行した。

 世界各地で被爆証言を伝えるピースボートの「おりづるプロジェクト」では、詩や演劇を通じた被爆体験の継承に取り組んだ。百日間ほど船内で寝食を共にした被爆者とは「おじいちゃんと孫のよう」な関係だ。

 卒業後はアルバイトをしながら、ヒバクシャ国際署名の広報として、会員制交流サイト(SNS)の更新などをしている。

 被爆者の体力の衰えは感じる。「あと何年、話を聞けるかな」と案じつつ、「被爆をして、どう生きて、どんな言葉を残したか。託された思いを伝えていきたい」と力を込める。

 平和首長会議が核廃絶の期限とした二〇年を迎え、鈴木は核禁条約の早期発効を願う。「『今のうちに発効を』というのは希望でもあり、危機感でもある」

 長崎が原爆の日を迎えた昨年八月九日。爆心地公園に多くの若者が集まり、核廃絶を訴える「人間の鎖」を作った。「高校生平和大使」福島県代表の私立いわき秀英高二年、斉藤帆香(ほのか)(16)も仲間と手をつないだ。

 平和大使はインド、パキスタンの核実験を契機に一九九八年に始まった。核廃絶を願う署名を集め、毎年夏に国連欧州本部に届けている。斉藤も県内のイベントで署名を呼び掛ける。

 東京電力福島第一原発事故時は小学二年生。外で自由に遊べない生活は数年間続いた。「原発と核兵器はすごく近い」と思うが、昨秋に学校で核兵器問題を発表した時、同級生の反応は鈍く感じた。でも諦めない。

 「いずれ被爆者はいなくなるからこそ、若い世代が原爆や戦争を自分のこととして捉えてもらいたい」

  (敬称略)

ヒバクシャ国際署名の目録提出に立ち会う鈴木慧南さん(中央)=2019年10月11日、ニューヨークの国連本部で(共同)

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