東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 埼玉 > 記事一覧 > 11月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【埼玉】

「金谷の餅つき踊り」復活 8年ぶり、東松山で23日

中断前の「金谷の餅つき踊り」(2009年撮影、東松山市観光協会提供)

写真

 東松山市上野本に伝わる県指定無形民俗文化財「金谷(かなや)の餅つき踊り」が二十三日、同所の氷川神社で八年ぶりに復活する。保存会員の高齢化で二〇一〇年を最後に途絶えていたが、地域の若手から「またやりましょう」との声が上がり、八月から猛特訓を重ねて実施にこぎ着けた。保存会の鈴木新一会長(68)は「先祖代々続けてきた踊りを、次世代に託せてほっとしている」と話している。 (中里宏)

 金谷の餅つき踊りは、三百年にわたって受け継がれてきた郷土芸能で、毎年十一月二十三日に氷川神社で奉納されてきた。木遣(や)りに合わせて踊り手が餅をこねたり、呼吸を合わせてリズミカルにきねで臼をたたいたりしながら、餅をついていく。つき方は十一通りもあり、中腰で重いきねを扱うため、足腰の強さが必要になる。保存会員が高齢化し、最低十人は必要な人手が足りなくなり、この八年は開けなくなっていた。

 保存会副会長の大沢幸吉さん(67)によると、七月に地域の夏祭りの打ち上げの席で三十、四十代の若手から「復活させましょう。教えてください」と声が出たのを機に、一挙に若手十人が参加することになった。

 八月から毎週水曜の夜、一臼をつくのに二十分かける餅つき踊りを特訓。当初はきねで臼をたたいたり、ついたりする呼吸が合わず、筋肉痛になった若手から「こんなにきついとは思わなかった」と悲鳴が上がった。

 それでも、猛特訓の成果で「人に見せても恥ずかしくない踊りになった。よく覚えてくれた」と大沢さんが感心するまでに上達した。保存会顧問の椎名茂男さん(69)は「何とかしようと、若い人が本気になってくれた」と喜ぶ。

 鈴木さん、大沢さん、椎名さんは、ともに十代の頃から餅つき踊りに参加。かつては氷川神社での奉納だけでなく、声が掛かると各地に出かけていた。一九七〇年代には、毎年大みそかに東京のホテルニューオータニで餅つき踊りを披露し「NHKの紅白歌合戦は見られなかった」という。

 復活する金谷の餅つき踊りは二十三日午後二時から、同市上野本の氷川神社で行われる。

若手を指導して踊りの復活にこぎ着けた保存会の(左から)大沢さん、鈴木さん、椎名さん=いずれも同市で

写真
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報