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【埼玉】

「時の鐘」再建秘話 川越大火で尽力 横浜商人

小江戸・川越のシンボル「時の鐘」=川越市で

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 1893(明治26)年の川越大火で焼失した川越市(当時川越町)のシンボル「時の鐘」の再建に当たり、横浜の生糸商人が多額の寄付をしていた−。そんな歴史秘話を解き明かす「さいたま絹文化フォーラム vol.4」が9日午後1時から、同市宮下町2の川越氷川神社境内の氷川会館で開かれる。川越と横浜の識者が、歴史を通じた両市の交流について語る。 (中里宏)

 川越大火は、当時の町中心部で約千三百棟を焼き、千人以上が焼け出された。この時、わずかに焼け残った蔵造りが防火建築として再評価され、復興に当たった川越商人が競って蔵造りの店を建てたのが、現在の「蔵造りの町並み」の始まりとなっている。

 「時の鐘」は約四百年前の寛永年間に、川越城主・酒井忠勝が城下に時間を知らせるために作らせたと伝えられている。たびたび火事で焼失し、現在の鐘楼は大火の翌年に再建された四代目となる。

 鐘楼に残る銘文などによると、当時の高額寄付者には渋沢栄一と並び、原善三郎、茂木惣兵衛、平沼専造(蔵)と横浜を代表する実業家三人の名前が挙げられている。

 原は現・神川町、平沼は現・飯能市の出身。三人とも生糸や織物の取引で財を成した。茂木の経営する横浜・野沢屋の支配人には川越出身で生家が焼けた安斎羊造がいた。

 フォーラムでは、横浜市史資料室の平野正裕さんが「『時の鐘』に名を刻んだ横浜商人〜原・茂木・平沼」と題して基調講演。続いて川越市立美術館学芸員の折井貴恵さんが美術品コレクターでもあった安斎羊造と日本画家との交流について講演。横浜歴史資産調査会の米山淳一さんが横浜の歴史を生かしたまちづくりについて講演する。

 さいたま絹文化研究会の主催。研究会は養蚕と織物の絹文化を守り、次世代に引き継ぐのを目的に二〇一三年、養蚕や織物にゆかりのある高麗神社(日高市)、秩父神社(秩父市)、川越氷川神社の宮司と、着物による町おこしを続けるNPO法人川越きもの散歩などが立ち上げた。

 フォーラムの参加費は一般五百円。申し込みは、氏名、住所、連絡先を記載し、事務局にファクス=049(277)8491=する。

 

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