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【埼玉】

住宅近代化の過程示す 川越の「旧山崎家別邸」国重文へ

「旧山崎家別邸」の主屋。手前は「お手植えの松」

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 十七日の国の文化審議会の文部科学相への答申で、川越市松江町二の「旧山崎家別邸」が国の重要文化財(重文)に指定される見通しとなった。日本の住宅作家のパイオニアとされる保岡勝也(一八七七〜一九四二年)の設計で、川越の実業家の隠居所として一九二五(大正十四)年に建てられた。洋館と和館が一体になっており、西洋の生活様式が取り入れられていった住宅の近代化の過程を示しているとして、歴史的価値が評価された。同市の国重文建造物は五件目となる。 (中里宏)

 現在、川越市が所有し一般公開されている旧山崎家別邸は「蔵造りの町並み」(一番街通り)から東に約百五十メートルの住宅街にある。約二千三百平方メートルの敷地に木造一部二階、一部地下一階の主屋(建築面積約百九十二平方メートル、延べ約二百六十七平方メートル)と茶室などが残されている。

 主屋は和館と洋館、蔵が並んで一体となっており、建築史の専門家から「ミニ和洋館並列型住宅」と称される。洋館には建築当時の姿を残す応接室、食堂、寝室などがある。和館には北山杉(京都市)の磨き丸太などの銘木が使われているが、派手な装飾はなく、むしろ質素に見える造りとなっている。

 庭園も和風造園を研究していた保岡の設計。高低差のある庭園には、和館の客室からながめた際に、枯れ山水や石灯籠、茶室などが効果的に配置され、二〇一一年、国登録記念物(名勝)に指定された。

 建築主は江戸時代創業の老舗菓子店「亀屋」五代目の山崎嘉七。一番街通りにある国登録文化財の旧第八十五銀行本店(現埼玉りそな銀行川越支店)は、同行副頭取だった五代目嘉七が保岡に設計を依頼して一九一八(大正七)年に完成した。こうした縁で五代目嘉七が自分の隠居所の設計を保岡に依頼したとされる。

 別邸は川越の私的迎賓館の役目も果たしており、皇族が数回にわたり宿泊。大韓帝国最後の皇太子で旧陸軍の軍人だった李垠(りぎん)も二五年と二九年に宿泊。二九年に植樹した松が「お手植えの松」として庭園に残る。二〇〇六年に建物が川越市に寄贈され、一六年から一般公開されている。第一・第三水曜休館。入場料は一般個人百円、中学生以下無料。

 今回の答申を受け、同市の川合善明市長は「蔵造りで知られる川越に、さらに魅力的な要素があることを知っていただくよい機会になる」とコメントした。

<保岡勝也> 東京帝国大で、日本銀行本店や東京駅などを設計した辰野金吾に師事。三菱合資会社で技師長を務め、建物に鉄筋コンクリートをいち早く導入した。退社後は、当時の建築家には珍しく中小の個人住宅も多く手がけた。現存する作品は全国に10件。県内には旧山崎家別邸、旧第八十五銀行本店、旧山吉デパート(いずれも川越市)、旧第八十五銀行松山支店倉庫(東松山市)の4件がある。

建築当初の姿が残る洋館の応接間=いずれも川越市で

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