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【埼玉】

裁判員制度10年 さいたま地裁の模擬裁判に記者も参加 人を裁く難しさ実感

 刑事裁判に市民が加わる裁判員制度が導入されて十年。節目に合わせ、五月末にさいたま地裁が開いた模擬裁判に記者も裁判員役として参加した。強盗致傷事件を想定し、被告の罪の有無を議論したが、物的証拠が乏しく、推定無罪の原則と向き合いながら、人を裁く難しさを初めて実感した。 (浅野有紀)

 模擬裁判には記者のほか、一般希望者ら約二十人が参加。四班に分かれて審理した。想定では、男が書店のレジから三万円と図書カード三枚を盗み、店主の腹や顔を蹴って逃走。店主が警察官に経緯を説明中、目撃した男性が似ているとして「あの男が犯人だ」と主張した。男性は三万円と図書カード三枚を持っていたことが決め手となって逮捕、起訴された。

 男性は公判で、図書カードを持っていた理由を「友人にもらった」と説明したが、その友人が誰かは明かさなかった。検察側は、懲役六年を求刑し、弁護側は無罪を主張した。

 評議を始める前に、石井俊和裁判官が説明したのは「疑わしきは罰せず」という刑事裁判の原則。分かってはいたが、被害者の証言や被害と同額を持っていたとの事実だけで評議すると知って気が遠くなった。

 戸惑う記者たちに対し、「例えば、性犯罪だと、当事者の証言だけで有罪か無罪かを決めなくてはいけない時もありますよ」と伊藤吾朗裁判官。結局、男性が「犯人と全体的な印象が似ている」だけでは、よく似た人物である可能性を捨てきれず、図書カードを偶然持っていたことも数%でもあり得ると考えると「無罪にするしかない」と諦めるように判断した。

 記者の班は「これらの証拠だけでは有罪にできない」として、全員一致で無罪とした。やるせない気持ちだったが、刑事裁判の原則に忠実だったと思う。実際の裁判員裁判でも、制度が始まった二〇〇九年の無罪率はゼロだったが、一八年は速報値で2%近くに上昇。多様な意見の反映という制度の趣旨に沿っているとも言える。

 ただ、他は二つの班が有罪とした。「図書カードを偶然三枚も持っているとは考えにくい」「カードをくれた友人の所在を明かさないのは、罪を負うかもしれない事態で不自然だ」といった視点からだった。同じ事実でも、とらえ方次第で有罪にも無罪にもなると思うと、裁判員の責任は重い。

 模擬裁判の終了後、ある参加者は「すごく悩んだ。これが人の命に関わる殺人事件だったらと思うと、判決の決断は荷が重すぎる」とため息をついた。裁判員候補者の辞退率の上昇は課題の一つで、一八年のさいたま地裁の辞退率は67・6%にも上った。背景には心理的なハードルの高さもあるのだろう。

 感想で「もっと裁判官に質問しやすい雰囲気がほしかった」と述べた人もいた。今回、記者の班の裁判官は評議に参加せず、裁判員役の意見を引き出すことに徹したが、実際は裁判官も評議に加わる。果たして、プロの裁判官が「Aだ」と指摘した際に、素人の自分が「Bだと思う」と主張できるだろうかと不安が残った。

 それでも、裁判員裁判でない性暴力事件で「市民感覚とかけ離れている」と批判される無罪判決が相次いでいることを考えると、実際に裁判員を務める時は、自分の意見が裁判官と違っても、率直に伝える勇気を持って臨みたい。

 

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