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【埼玉】

多選自粛「公約破り」に賛否 トップ交代 功罪考える好機に

 上田県政で最も賛否を巻き起こしたのは、自身の任期を3期までとする多選自粛条例を破ったことだろう。4期16年に及んだ上田知事の考え方の変化は、社会全体の多選に対する抵抗感の薄れと重なる。

 上田知事が初当選したのは2003年8月。その年の3月に東京都杉並区が全国で初めて「多選自粛条例」を制定し、7月に川崎市が続いた。衆院議員時代に知事らの4選禁止法案を検討した経験がある上田知事も選挙戦で公約に掲げ、04年に都道府県で初めての条例を制定した。

 00年代は多選自粛条例が一種の流行となり、全国に広がった。県内でも松伏町などで成立し、さいたま市でも検討された。だが、上田知事は「若気の至りだった」と振り返る。ブームは続かなかった。

 変節した上田知事は「県民の期待」を強調して4期目に突入。対立する自民党県議団から批判されても「選挙で判断いただいた」とかわした。上田知事を前例とするかのように、今年は東京都大田区長選と神奈川県の厚木、大和両市長選で、いずれも現職が自ら制定した多選自粛条例に反して4選を決めている。

 総務省によると、昨年末時点で4期以上の知事は13人。10年前の7人の倍近い。首長全体でも4期以上の増加が続く。その流れの中で「条例破り」すらも民意が許すようになった。

 上田知事は15日の会見で、高齢化によって多選の首長がさらに増える可能性にも言及した。だが、そもそも多選自粛条例は、長期在任による行政の腐敗や硬直化などの「弊害」を防ぐことが目的だったはずだ。

 上田知事の4期目はどうだったのか。16年ぶりに新しい知事が誕生することで初めて見えてくる「弊害」もあるだろう。トップの交代は、多選の功罪を再び考える好機でもある。

  (井上峻輔)

 

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