東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 埼玉 > 記事一覧 > 7月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【埼玉】

<参院選>改憲議論の足元で(4) 安保法成立から4年 反発と不信感 今でも

「けんぽうカフェ」で進行役を務める高松さん(左)=さいたま市浦和区で

写真

 あの時のことを振り返ると、今でも「よく一人で行ったな」と思う。

 二〇一五年七月末。東京都千代田区の砂防会館。集団的自衛権行使を認める安全保障関連法案に反対する集会に、高松久美子さん(57)=蕨市=はいた。

 仕事は広告系の自営業。選挙には、あまり行ったことがない。当時は、憲法に何が書かれているかもよく知らなかった。それでも、言いようのない危機感があった。

 驚いたのは、安倍晋三首相が「国民の理解が進んでいない」と認めた同年七月十五日の翌十六日に法案が衆議院を通過したことだ。「これじゃ政府がやりたいように全部決まっちゃう。違憲の指摘があって戦争につながるかもしれない話なのに…。おかしくない?」

 集会はインターネットで検索して知った。それまでは冷ややかな目で眺めていたデモ行進にも参加。「今日はSEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)のデモもあるよ」と初対面の人に導かれて国会前に行き、法案に反対する若者たちの熱気も感じた。

 その後も参議院で法案が審議される間に何度も国会前に通い、本会議も傍聴。安保法が成立した同年九月十九日は、泣きながら国会を後にした。

     ◇

 それから四年近くがたった今年六月下旬。さいたま市浦和区で開かれた「けんぽうカフェ」で、高松さんは進行役を務めていた。

 「みんなが政治に感じている『モヤモヤしたもの』を話し合える場をつくりたかった」

 安保法の成立後、自分と同じように考えている人が国会前だけでなく地元にもいることを知った。そんな仲間と市民団体「フィフティーンクロス」を立ち上げ、一七年末から月二回のペースで「カフェ」を開いている。

 メイン企画は「憲法ビンゴ」。参加者はビンゴの完成を目指しながら、ランダムに出てくる数字に応じた憲法の条文について議論する。

 この日の参加者は七人。ビンゴで「9」が出て、戦争放棄を掲げた「九条」がトークテーマになった。高松さんが口を開く。「私は、集団的自衛権は行使できないことを明記するとか九条を少し変えても良いと思っている。解釈で『行使できる』とか言う人が出てこないように」。同じように「より良い形になるなら改憲もあり」と考える参加者はほかにもいた。

 でも、最終的な意見は一致する。「安倍政権での改憲はだめ。議論できるかは、その政権が信頼できるか次第」。四年前に抱いた不信感は忘れていない。

     ◇

 安保法制に対する反対運動は今も県内で続く。一五年に始まった一万人規模の市民集会「オール埼玉総行動」は今年六月に八回目を迎えた。一六年にさいたま地裁に提起された安保法制違憲訴訟は今も係争中だ。

 それでも、四年間の月日は確実に流れている。

 「集団的自衛権は認めても良いという生徒が四、五年前より増えている」。長年、主権者教育に取り組んできた県立いずみ高校の華井裕隆教諭(44)が指摘する。憲法について議論する授業を六月に実施した際、変化を感じた。「政府が認めているから大丈夫との認識が広がっているようだ」

 もっと長期的な視点から時代の変化を感じる人もいる。「安保法制や改憲の動きは戦前回帰に感じる」。違憲訴訟の原告の一人で、特攻隊員として出撃直前に終戦を迎えた沖松信夫さん(94)=熊谷市=は語る。

 戦後、憲法九条を初めて知った時は「こんなことで良いのか。軍備は必要では」と違和感を持った。大学で政治外交史を学ぶうちに「領土が狭く資源も乏しい日本は戦争をしてはいけない国だ」と考えを改めた。

 だけど「変わらない人もたくさんいた。改憲を望む動きは今までもずっとあった」。自民党の「自衛隊を明記するだけ」の案も、その延長線上にあるように見える。

 改憲が今まで以上に現実味を帯びる今だからこそ、「若い世代には歴史を勉強してほしい」と願う。 =おわり

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報