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【埼玉】

76歳・現役選手が五輪の「戦友」託す 64年の代表チームボート 戸田市に寄贈

東京五輪のボート・エイト種目予選で力そうする日本クルー(奥)=1964年10月12日、戸田町(現戸田市)の戸田漕艇場で

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 一九六四年東京五輪のボート競技エイト種目で日本代表クルーが乗り込んだボートが、会場となった戸田市に寄贈された。十七日に市役所でお披露目式がある。五輪出場選手の一人で、寄贈したボートクラブのメンバーとして今も現役を続ける萬代(まんだい)治さん(76)=東京都世田谷区=は「五輪のレガシーとして、ボート競技が身近になってくれれば」と期待している。 (近藤統義)

萬代治さん

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 ボートは長さ約十六メートル、重さ約九十キロの木製。外国勢のボートが百二十キロ前後なのに対し、体格で劣る日本代表のために軽量化された。艇名は「VICTORY」。萬代さんは「揺れが少なく、バランスが良いボートだった」と振り返る。

 エイトは八人のこぎ手とコックス(舵手(だしゅ))が乗る花形種目。五輪クルーは学生で編成され、慶応大四年だった萬代さんはコックスを務めた。戸田漕艇場での本番のレースは、練習時ほどのタイムが出せず、十四カ国中の十位に終わった。

 ボートは五輪後、日本ボート協会が十年以上にわたり戸田漕艇場の艇庫で管理。その後、東京都立大(現首都大学東京)に払い下げられたが、ボート部員の減少で使われなくなり、三菱系企業のOB・OGらが集う「三菱ボートクラブ・シニアクラブ」が二〇〇九年ごろに譲り受けた。

 戸田漕艇場で練習艇として活躍したものの、ひび割れなど老朽化が激しくなっていた昨夏、クラブ代表の萬代さんが当時の仲間と相談し、市に寄贈を申し出た。「建造した職人やクルーの汗が染み込んだボートが廃棄処分されるのは忍びない」との思いからだった。

 一方、五輪の「戦友」であるボートが一足先に引退し「寂しい気持ちもある」と萬代さん。寄贈に合わせ、傷んでいた塗装を修復し、ボート側面に入っていた艇名の文字も復活させた。

 十七日のお披露目式には萬代さんら当時のクルーも出席。ボートは市役所二階ロビーに常設展示される。市の担当者は「戸田を『ボートのまち』としてPRし、来年の東京五輪へ機運を高めたい」と話している。

戸田市に寄贈された、64年東京五輪で日本代表が乗ったボート(同市提供)

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