東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 埼玉 > 記事一覧 > 1月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【埼玉】

<東京2020 彩る人々>(3)クライミング 川口出身 W杯リード種目で銀・本間大晴選手

練習に励む本間選手。世界で活躍するなどメキメキと力を付けている=東京都内のボルダリングジムで

写真

 昨年十月、中国南東部の都市アモイ。川口市出身の本間大晴(たいせい)選手(20)はクライミングワールドカップ(W杯)のリード種目で、銀メダルを獲得した。

 「驚きです」と喜ぶ本間選手。表彰台に上がるのは初めてだった。春先に肩をけがして練習が十分にできず、シーズン序盤の夏の欧州でのW杯は、予選落ちが続いた。そこから盛り返しての快挙にうれしさが込み上げた。

 日本大の学生として昼間は学業、夜はジムで練習という生活を送る。活躍がマスコミの注目を浴び、「テレビで見たよ」「おめでとう」と声を掛けられる機会が増えた。「何でそんなのやってんの」と言われた中学時代と比べ、環境は大きく変化した。二〇一六年に五輪の正式競技に採用されたことが大きく、「関心を持ってもらえるようになってうれしい」と話す。

 クライミングを始めたのは小学校低学年。壁を登る時につかむ「ホールド」と呼ばれるカラフルな突起の美しさにひかれ、父親にジムに連れて行ってもらった。体験で四メートルほどの壁を登り切ると、達成感があった。何度やっても飽きない。登る道は、設定者が挑戦者の力量を考えてつくる。さまざまな課題は、ゲームをクリアしていくみたいで面白かった。

 ただ、大会では思うような成績は残せなかった。転機は高校時代。有力選手を多数輩出してきた久喜工業(久喜市)に進学した。全国や世界で活躍する先輩が身近にいて、刺激を受けた。メキメキと力を付け、三年時はジュニアオリンピックカップで優勝した。

 世界で活躍するようになったが、五輪出場は「想像できない」と話す。結果を残しているのはリード種目。五輪では他にボルダリングやスピードという種目もあり、総合力で競う。求められる力が違い、そちらの技術も磨かなければならない。まずは「W杯の年間順位でメダルを獲得したい」。五輪はその先にある。

◆競技普及に奔走・野本政之さん

国体のために作られたクライミングの壁の前で「五輪後も普及に努めたい」と話す野本さん=加須市民体育館で

写真

 本間大晴選手が小学生の時から大会で訪れ「いろんな経験や他県の選手とのつながりを持てた。成長させてくれた場所」と話す県内の施設がある。加須市下三俣の市民体育館だ。中には天井まで届く高さ十三メートルの壁がある。

 同市山岳連盟会長の野本政之さん(66)は「壁は国体のために作ったんです」と説明する。完成は二〇〇〇年三月。国体を四年後に控えていた。

 野本さんは同市の元職員で一九九九年に国体準備室長に。クライミングの経験も知識もなかったが、大きな任務があった。競技者を増やすことだ。

 当時、クライミングを開催する自治体は壁を屋外に仮設し、終わると解体していた。しかし、加須市は国体後の活用も狙って屋内に建設した。「とにかく一人でも多くの人に知ってもらい、競技を普及させないと無駄になる」と奔走した。

 しかし、クライミングが一般的ではなかった時代。つてをたどって市内の愛好者をようやく捜し出し、体験会の講師を引き受けてもらったり、市の山岳連盟を一から立ち上げたり。興味を持った人向けに教室も企画した。修了者によるクラブが誕生するなどし、現在は年間の壁利用者が、延べ一万人を超す。

 担当を離れてからも連盟のメンバーとして、大会誘致などに取り組む野本さん。毎年、年末に高校選抜大会を開き、W杯や日本の強豪選手が集まるジャパンカップも開催。市民体育館はクライミング競技者なら誰もが知る存在になった。

 今も大会の前にホールドを磨くなど準備を手伝う。東京五輪では「日本人選手に活躍してほしい」と期待する一方、「クライミングの基本は市民スポーツ。誰もが楽しめることが一番大事。五輪後も普及に努めていきたい」と、地道な活動を続けるつもりだ。 (寺本康弘)

<クライミング> 2020年東京五輪で初めて採用される競技。名称は「スポーツクライミング」。制限時間内に到達できた高さを競う「リード」、登る速さを争う「スピード」、登れたコースの数を競う「ボルダリング」の3種類を組み合わせた複合競技として実施される。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報