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【埼玉】

<ひと物語>焼き、売り、被災地支援 さんま焼き師・栗原正明さん

「さんま焼き師」の証しのタオルを手にする栗原さん=入間市で

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 金網に載せたサンマがジュージューと音を立て、脂が炭火に滴り落ちる。その瞬間を逃さず、さんま焼き師の栗原正明さん(62)=入間市=は、手にした霧吹きで水を掛けた。

 「脂が炭に落ちて炎が上がると、炎の当たる部分だけが焼けてしまう。まんべんなく火を通すには、水を掛けて火を鎮めないといけない」

 おいしく仕上げるための留意点は多い。例えば、「鮮度の良しあしはくちばしの色で、焼け具合は目と腹の色合いで判断する」という具合だ。

 栗原さんは、日本有数のサンマの水揚げ量を誇る岩手県大船渡市が認定する「さんま焼き師」。二〇一七年に同市で焼き方などを学び、サンマの絵柄入り認定タオルを取得した。

 一一年の東日本大震災で大船渡が被災し、現地に知人がいる入間市職員から「サンマを使った復興支援ができないか」と提案されたことがきっかけだった。

 活動時間をつくるために〇三年、フルタイムの運送会社員から福祉施設のアルバイトに転職したほど、ボランティアがライフワークの栗原さん。「さんま焼き師を増やすことが、支援につながる」と考えた。

 自らが代表を務める市民団体を通じて受験者を募集。年一度程度のペースで大船渡へ赴き、資格取得者を増やしてきた。大船渡から直送されたサンマをイベントなどでおいしく焼いて販売して収益を復興支援金に充てる活動のほか、高齢者施設や保育園などで提供するボランティアも続けている。

 転機は二十代の頃、フィリピンから日本に出稼ぎに来た女性たちが「ジャパゆきさん」と呼ばれ、夜の世界に足を踏み入れざるを得ない苦しい生活を強いられている現状を知ったこと。

 「当時、フィリピン出身の歌手マリーンさんが好きで、フィリピンの女性に尊敬の念を抱いていた。しかし、実際の日本社会では彼女たちは虐げられていた」。ショックだった。女性たちを支援しようと、トラック運転手の仕事で得たお金を寄付するなどしたが、「自己満足ではないだろうか」と自問自答する日々が続いた。

 悩んだ末、〇〇年ごろを境に、ボランティアに軸足を置く、自分なりの第二の人生をスタートさせることを決断。現在は東日本大震災で大津波に襲われた岩手県陸前高田市の津波到達地点に桜を植樹する活動にも力を入れている。

 「災害の多い国なので、やるべきことが次々に出てくる。ゴールのない道を歩んでいきたい」と力を込めた。 (加藤木信夫)

<くりはら・まさあき> 東京都練馬区出身。ボランティアをライフワークとし、東日本大震災後は被災地を年10回ほど訪れている。2015年に市民団体「復興支援入間まごころの会」を設立。17年に岩手県大船渡市の認定資格「さんま焼き師」を取得した。現在は同市のサンマをイベントなどで販売し、収益を復興支援金に充てる活動に軸足を置く。

ドラム缶を半分に切って作った焼き台で、サンマを焼く栗原さん=昨年10月、所沢市で

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