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【埼玉】

<ひと物語>まずは安心できる場に 日本語学習を支援・松尾恭子さん

「日本語教室ではまず、安心してほしい」と話す松尾さん=いずれも富士見市で

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 東武東上線みずほ台駅にほど近い、みずほ台コミュニティセンター(富士見市)の一室。外国にルーツを持つ子どもたちが放課後、国語の教科書を音読したり、算数ドリルの問題を解いたり。その様子を元教師や大学生ら学習ボランティアが見守る。日本語教師の松尾恭子さん(66)が開設した「こども日本語学習クラブ」は、和気あいあいとした空気に包まれている。

 「来日当初はみんな表情も硬くて日本語も話せない状態だったの。今じゃ、おしゃべりしてくれる。学校でも自分を解放し、生き生きと暮らせるようになったら良いな」と松尾さん。クラブでは、うれしそうにその日の出来事を話す子も。日本語を学ぶだけの場ではなく、子どもたちの居場所にもなっている。

 松尾さん自身は、人と話すのを恐れる子どもだったという。父親の仕事の都合で、小学生の時に五回も転校した。地域によって異なる言葉や文化、価値観…。周りにとけ込めずに黙って一人、座っていることが多かった。東京都内の中学校に転校した時も、自分の意見をはっきり言える同級生に劣等感を抱いた。しかし、哲学書などを読みふけった高校時代、自分に向き合う中で、ストンと心に落ちた。

 「人は皆いつかは死ぬ。だから、生きているうちにしっかりと人とつながりたい」

 英語を学んでいた大学で、日本語教師の仕事を知った。「世界に出て、人とつながりたい」と、進む道を決めた。大学卒業後、外資系企業の社員や工場で働く外国人労働者らに日本語を教えた。結婚し、夫の仕事で米国にいた三年間は現地の大学生にも。

 一九八八年の帰国後、実家に近い三芳町に住み始め、しばらくして地元の日本語教室でボランティアをするように。外国にルーツを持つ子どもが学校に増え始めた時期。支援の必要性を感じ、二〇〇四年に当時では珍しい子ども向けの現在のクラブを立ち上げた。

 一方、ボランティアの養成講座も開いていて、受講生や見学者が日本語教室を開設する際には、立ち上げに協力するだけでなく毎年、ボランティア向けの研修を実施している。日本語教室では、生活の場面で使える自然な日本語を身に付けてほしいと、教科書を使わず会話を重視するのが特徴だ。

 「遠くから来た人に、かつての自分の姿を重ねているんでしょうね。ほっとけない」。孤独を知っているからこそ、言葉が分からず、心を開けないつらさが分かる。「日本語教室は言葉の勉強よりも、まずは安心してもらう場所。安心しないと、言葉も身に付かないですから」。地域で暮らす外国人たちに今日も温かなまなざしを向ける。 (飯田樹与)

<まつお・きょうこ> 浜松市生まれ。公益社団法人国際日本語普及協会の日本語教師。大人の初心者向けの「ことばの地図」や県の子ども向けの「彩(あや)と武蔵(むさし)の学習帳」など学習教材の作成に関わったり、県内各地の日本語教室の開設を支援。地域の国際化に向けた活動を評価され、本年度の埼玉グローバル賞を受賞した。

小学生から中学生までが学ぶこども日本語学習クラブ

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