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【静岡】

<再発見!伊豆学講座>起雲閣 和洋中 融合の名邸

群青色の壁が美しい麒麟の間=熱海市昭和町で

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 熱海温泉は江戸・東京に近いので、江戸時代は湯治場として、明治から昭和初期には政治家や財閥、小説家などの別荘が多く築かれた。

 国の重要文化財になっているドイツを代表する建築家ブルーノ・タウトが手がけた「旧日向別邸」、歌人として知られる佐佐木信綱の別荘である「凌寒荘」、明治の文豪坪内逍遙の「双柿舎」がある。近年、版画家から小説まで広く文化活動を行った池田満寿夫とバイオリニスト佐藤陽子の「創作の家」も公開されている。また、当時の場所にはないが、熱海梅園内に作曲家中山晋平が熱海で過ごした住居も展示、公開されている。

 そうした中で、今回は熱海市昭和町にある「起雲閣」を紹介したい。

 大正八(一九一九)年、海運会社を経営しながら鉄道相なども務めた内田信也が、母親の静養のために建設した。大正十四年、東武鉄道の再建に尽力するなどして鉄道王と呼ばれた根津嘉一郎の手に渡り、根津は昭和四(一九二九)年から七年にかけて洋館を建て、別荘とした。邸宅と庭園は岩崎別荘、住友別荘と並ぶ熱海の三大別荘として著名である。

 日本、中国、欧州などの装飾、様式を融合して優美な気品を醸し出す名邸として知られている。「麒麟(きりん)・大鳳」「孔雀(くじゃく)」の間は大正八年、内田により別荘として日本の伝統的な建築で建てられた。一方、根津による洋館のうち「金剛・ローマ風浴室」は昭和四年に建てられた。昭和七年にできた「玉姫・玉渓」は居間、食堂、サンルームの三室からなり、和・洋・中の様式が混然となっている。

 庭園は、茶人としても知られた根津自ら采配を振るって造った。千坪のなかに曲水が流れ、四季折々の花々が配されている。当時、熱海梅園から二カ月かけて運んだ約二十トンの「根津の大石」も残る。

 戦後の昭和二十二年、実業家桜井兵五郎が買い取り、起雲閣と名付けて旅館を開業した。同二十三年三月十五日、宿泊していた山本有三を志賀直哉・谷崎潤一郎が訪ねている。「大鳳」には太宰治、「孔雀」には舟橋聖一が滞在し、数々の名作がここで執筆された。

 将棋の「竜王戦」や「文化座談会」なども催され、栄えた。平成十二(二〇〇〇)年、熱海市が十二億円で購入。「薬医門」、「麒麟」など四棟一門を市指定文化財として一般公開している。広さ一万平方メートル弱。音楽サロンやギャラリーを利用した文化イベントも行われている。  (橋本敬之・伊豆学研究会理事長)

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