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【静岡】

江戸〜明治の東海道スイーツ 島田市博物館 宿場の名物復元

訴訟トラブルのあった「アメのモチ」と裁判記録が展示されている会場=島田市博物館で

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 江戸時代に東海道で流行したお菓子の歴史を紹介する企画展「東海道スイーツ」が、島田市博物館の特別展示室で開かれている。各宿場で名物として売られていたお菓子の復元や、明治以降にお土産文化が発展する様子を記した古文書、当時の旅日記やガイド本など70点が並んでいる。 (大橋貴史)

 戦がなくなり平和になった江戸時代は、旅を楽しむ庶民も増えた。東海道の各宿場は工夫を凝らした菓子を提供した。宿場の名物を記したイラスト付きのガイド本も出版され、「わらじはしっかり履く」「酒を飲み過ぎない」など旅の諸注意も記されていた。

 江戸の前期は、次の宿場に行くまでの栄養補給を目的としていた菓子が、後期には「その土地に行ってきたことの証明」であるお土産へと役割が変化した。菓子業者も将軍家や高名な僧侶へのゆかりなどを添えて販売するようになった。

 菓子の「本家」「元祖」を巡る裁きもあった。一八〇四〜〇六年、金谷宿(島田市金谷)の名産だった焼き餅に水あめをふんだんに塗った「アメのモチ」の商標を巡り、島田市の三つの村と掛川市の一つの村で「どの村のアメのモチを元祖とするか」で対立。勝訴した村以外はアメとモチをセットで販売できない代わりに、勝訴した村は、他の村に命名権として現代の価格で一千万円を支払うことで決着したとの文書が残っている。

 博物館の岡村龍男学芸員は「今でも旧大名家や皇室にゆかりがあると販売している菓子も多いが、その原形は江戸時代からあった。人間のやることは今も昔も変わらないんだなと楽しみながら見てほしい」と話す。

 三月二十二日まで。午前九時〜午後五時。原則月曜休館。観覧料は中学生以下無料、一般三百円。(問)市博物館=0547(37)1000

 

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