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【スポーツ】

<取材ノート>早明戦 輝く「怪物2世」 早大FB・河瀬諒介 

早明戦の前半、攻め上がる早大の河瀬諒介(右)=秩父宮ラグビー場で

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 冬の訪れを告げるように冷え込んだ2日の東京・秩父宮。ラグビーの関東大学リーグ対抗戦で94度目の早明戦で、昔ながらのファンには懐かしい「カワセ」の名がアナウンスされた。早大の河瀬諒介(19)。「怪物」と恐れられた元明大FWの河瀬泰治氏(59)を父に持つ1年生FBが、初出場した伝統の一戦で華々しく活躍した。

 0−0の前半3分、左に展開する連続攻撃からパスを受けた。守備の人数はそろっていたが「走れ、と指示が飛んだ」と快足のギアを入れて守備の間を突き、腰に食らったタックルをもろともせず突進。最後は上半身にも飛び付かれながら先制トライをねじ込んだ。183センチ、80キロという父親譲りの体を生かした大型バックスは「自分で流れをつくれた」と満足げに笑みを浮かべた。

 直後の電光掲示板に流れた再生映像では、トライ直前に右腕からボールがこぼれたようにも見えた。だが判定は覆らず。「(運を)持っている」と相良監督は試合後に笑った。終盤までもつれた激戦を制し、創部100周年を8年ぶりの優勝で飾る勝利に大きく貢献した。

 40年ほど前、巨体と突進を武器に早明戦で暴れ回った泰治氏は、「重戦車FW」が自慢の明大の象徴的存在だった。後に日本代表にもなり現在は摂南大ラグビー部監督を務める。その父の影響で、諒介少年は小学4年でラグビーを始めた。「早明戦も(泰治氏と)一緒に見ていた」という。

 だが、父とは徐々に違う道を歩き始める。高校は泰治氏の母校である大阪の強豪、常翔学園高(旧大阪工大高)ではなくライバル校の東海大仰星高へ。大学も明大の宿敵の早大に進んだ。「父のことは気にしない」。周囲の期待をよそに、あっけらかんと答えるのも時代の流れか。

 だが、明大との大一番の直前、相良監督から「泰治ではなく、諒介の早明戦にしろ」とハッパを掛けられると、気合がみなぎった。強力FW擁する明大に対し、早大お家芸のバックスに名を連ねると、自らの攻撃で存在感を放った。「他の試合とは必死さが違う。プライドの戦い」。現役時の父も強調したであろう早明戦の神髄を、はっきり理解していた。

 親子で学校は違えど、伝統校の看板を背負った。「入部前は特に気にしていなかったが、一つ一つ積み上げたものだと感じた」。まだ1年生。「怪物2世」が伝統の一戦にどんな名シーンを刻んでいくのか、楽しみでならない。 (対比地貴浩)

1979年の早明戦で、懸命のタックルを振り切りトライを挙げた明大FWの河瀬泰治氏=国立競技場で

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