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【スポーツ】

元日本代表・小笠原が引退 鹿島の精神的支柱、体が限界

11月、ACLで初優勝し、トロフィーを掲げる小笠原(手前)=テヘランで(共同)

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 J1鹿島は27日、元日本代表MF小笠原満男(39)が今季限りで現役引退すると発表した。小笠原はクラブを通じ「鹿島という素晴らしいチームでここまでプレーでき、鹿島で引退できることを、とてもうれしく誇りに思う」とコメントした。

 岩手・大船渡高から1998年に入団し、メッシーナ(イタリア)でプレーした2006〜07年を除き鹿島で攻守の要として活躍を続けてきた。J1で3連覇を果たした09年に年間最優秀選手賞を受賞。J1通算で史上6位の525試合に出場し、69点を挙げた。

 日本代表として国際Aマッチ通算55試合、7得点。ワールドカップ(W杯)は02年日韓大会、06年ドイツ大会に出場した。岩手県出身で、11年に発生した東日本大震災の復興支援にも尽力してきた。

    ◇

 鹿島の精神的支柱としてチームを引っ張ってきた小笠原が、悲願のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)制覇を置き土産にユニホームを脱いだ。今季は90分プレーすれば膝に水がたまり、連戦に耐えられない状態が続いた。体は限界だった。

 1998年に中田浩二やGK曽ケ端準らと入団。「黄金世代」の司令塔として注目され、2000年シーズンにJ1、ヤマザキナビスコ・カップ(現YBCルヴァン杯)、天皇杯全日本選手権の3冠を達成するなど数々のタイトルをもたらした。

 昨季から控えに回ることが増え、今季は膝の不調にも悩まされた。それでも練習を休まず、若手に手本を示し続ける姿がチームを勇気づけた。ACL決勝は出番がなく、ベンチから味方を鼓舞。22日に行われたクラブワールドカップ(W杯)の3位決定戦で、終盤に投入されたのが最後の勇姿となった。

 出身地の岩手も甚大な被害を受けた東日本大震災以降は、遊び場を失った子どものためにグラウンドを完成させるなど支援活動に熱心に取り組んできた。先頭に立ってメッセージを発信する一方で、選手としての制限もあり「本当はもっとできることがあるんじゃないか」と葛藤も抱えていた。今後は立場を変え、被災地に寄り添っていくことになる。

 

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