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【スポーツ】

「箱根」異例の留学生主将 拓大・デレセ 夢はエチオピア代表で東京五輪

9位でゴールしたアンカー松岡涼真(中)を笑顔でねぎらうデレセ(右)=東京・大手町で

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 東京・大手町のゴール付近、拓大の輪の中心にはデレセ(4年)がいた。2、3日に行われた第95回東京箱根間往復大学駅伝。10区の松岡涼真(2年)が一つ順位を上げて9位でゴールすると、肩を抱き寄せ、ねぎらった。「チームは過去最高の7位以上を目指してきたので残念ですが、みんなよく頑張りました」。エチオピア出身、異例の留学生主将はそう言って笑みを浮かべた。 (森合正範)

 「無理です。だめです」。昨年1月、岡田正裕監督から主将を打診され、一度は断った。「だって、日本語があまり分からないですから。留学生の主将は聞いたことがない」。2015年4月に来日してから日本語を学び始め、指示を出すことも、思いを正確に伝えることも難しい。

 しかし、岡田監督の意思は固かった。チーム思いのデレセに一目置いていた。「脚が痛くても我慢してチームのために走る心が素晴らしい。デレセに足りない部分を副主将が支えれば、すごくいいチームになるのではないか」。事前に相談を受けた主務の田村崚登(りょうと)(4年)はうなずいた。

 副主将の戸部凌佑(りょうすけ)と馬場祐輔(ともに4年)が「言葉は俺たちが補う」とサポート役に徹した。デレセは真摯(しんし)な練習態度と走りでチームを引っ張った。岡田監督の思い描いた通り、チームは一つにまとまっていく。

 デレセ自身は4年連続で2区を任され、最後の箱根を区間6位で終えた。「主将として、チームのために走りました。でも3位以内を狙っていたので、だめでした」。仲間に支えられた大学生活。思い出すのは楽しいことばかりだという。「昼休みや授業のないときに日本語を教えてもらったり、一緒にご飯を食べたり、みんなに助けられました。納豆、おすしは大好きになりましたね」

 卒業後も日本に残り、実業団の「ひらまつ病院」(佐賀県小城市)に所属する。「マラソンを練習して、エチオピア代表として東京五輪に出たいです。日本の気候や暑さを分かっているので他のエチオピア選手よりも強いと思う」。4年間で培った経験は大きな武器。夢見るのは箱根駅伝以上の声援を背に、東京を走る姿。まだ日本でやり残したことがある。

 

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