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【スポーツ】

稀勢の里、引退 「土俵人生 一片の悔いなし」

現役引退の記者会見で涙を拭う横綱稀勢の里=16日、東京・両国国技館で(神代雅夫撮影)

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 大相撲の第七十二代横綱稀勢の里(32)=本名萩原寛(ゆたか)、茨城県出身、田子ノ浦部屋=が十六日、現役引退を表明し、東京都墨田区の両国国技館内で記者会見を開いて「横綱として期待に沿えないということに悔いは残りますが、私の土俵人生においては、一片の悔いもございません」と語った。

 横綱昇進後に負った大けがが不振の引き金となった。時折、涙を流しながら臨んだ会見では「けがをする前の自分に戻ることはできなかった」と説明した。決断に至るまでは「このまま潔く引退するか、ファンのために相撲を取るか、いつも稽古場で自問自答していたが、相撲を続けようという判断があった」と述べた。

 進退を懸けて臨んだ初場所については「覚悟を持って場所前から稽古した。これでだめならという気持ちがあるくらいいい稽古をした」と述懐。最後の三日目の相撲を終えた時には「やり切ったという気持ちが最初に出た」と話した。

 日本相撲協会理事会は同日、稀勢の里の引退と年寄「荒磯」の襲名を承認した。今後は、田子ノ浦部屋付きの親方として後進の指導に当たる。

 稀勢の里は初優勝した二〇一七年一月の初場所後に日本出身として十九年ぶりとなる横綱へ昇進。連覇した春場所の十三日目に左の胸と上腕を痛め、その後は休場を繰り返した。途中休場した昨年十一月の九州場所後には、横綱審議委員会から過去に例のない「激励」の決議を受けていた。

 横綱在位は昭和以降では十番目に短い十二場所となった。横綱としては三十六勝で、年六場所制では最少。幕内優勝は二度だった。

<稀勢の里 寛(きせのさと・ゆたか=本名萩原寛)> 茨城県牛久市出身、田子ノ浦部屋。02年春場所に鳴戸部屋から初土俵。17歳9カ月の新十両、18歳3カ月の新入幕はともに貴乃花に次ぐ史上2位の若さ。10年九州場所で白鵬の連勝を63で止めた。11年九州場所後に大関昇進。17年初場所後に第72代横綱に昇進。同年春場所で22年ぶりの新横綱優勝。優勝2回。殊勲賞5回、敢闘賞3回、技能賞1回。得意は左四つ、寄り、突き、押し。188センチ、177キロ。32歳。

 

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