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【スポーツ】

<希望を開く 東京復興五輪2020>(番外編)必死に戦い思い共有 なでしこ・高倉麻子監督

「勝つことでまた多くの方々に力を届けることができれば」と話すサッカー女子日本代表の高倉麻子監督=東京都文京区で

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 東日本大震災があった2011年にサッカーのワールドカップ(W杯)ドイツ大会を制し、日本中に勇気をもたらした女子日本代表「なでしこジャパン」。今年6月開幕のW杯フランス大会をへて、「復興五輪」を理念に掲げる来年の東京五輪に挑む。福島市出身の高倉麻子監督(50)に「スポーツの力」を聞いた。 (上條憲也)

 −震災から8年がたった。

 「被害に遭われ、まだまだ難しい状況にいる方は多くいらっしゃいます。震災後しばらくは、小さな子どもがいる友人らは非常に神経質になっていました。外で遊ぶことを制限されたり不便な思いをしたり、不安もあったでしょう。私の実家や友人の家も除染で庭を削りました。

 関心がないと、そういった方々に触れる機会も少なく被災地のことを思い出しにくくなっているように感じます。今は東京に暮らし、サッカーであちこち飛び回っている中で、自分が(被災地の)力になったということもなかなかなくて。だからこそ、みなさんに『また頑張ろう』と思ってもらえることができれば」

 −自分にできることを、との思いがある。

 「選手は競技にすべてをかけていますが、スポーツとまったく関係ないところで生きている方はたくさんいらっしゃいます。それどころでないという方も多いと思います。

 私たちがW杯や五輪で必死に戦うことで、『自分も頑張れる気がする』と思ってもらえるような力がスポーツにはあると思います。選手たちは『プレーで何かを伝えたい』とはなかなか思わないですが、ひたむきに、あきらめずに戦う『なでしこらしさ』は(8年前にW杯を制したチームのように)今も流れていると強く感じます」

 −東京電力福島第一原発の事故で対応拠点となったサッカー施設Jヴィレッジは昨夏、営業が一部再開。チームは今年2月下旬に震災後初めて合宿を行った。

 「サッカー界にとって画期的な施設。多くの選手が一時代を過ごしました。使えなくなった時はとても寂しい気持ちになりました。すべてが元通りというのはまだで、近くに住んでいる方にはいろいろな思いがある。ここで合宿をするということは、そういうことを私たちも忘れてはいけない、みんなの気持ちを共有できれば、との思いがありました。なでしこにはここで育った選手や福島出身の選手もいます。この機会が一番いいと考えました」

 −選手もまた、声援を受けることで力をもらう。

 「家族や知人とはまた違う方々の声援は、選手は本当にうれしいものです。いろいろな人とつながっていると感じられるから。その意味でも、大きな大会はぜひ勝っていきたいです」

<たかくら・あさこ> 現役時代は主にMFとして活躍。国際Aマッチは16歳で初出場し、79試合30得点。2004年に引退し、年代別の女子日本代表監督をへて、16年4月に「なでしこジャパン」監督就任。20年東京五輪・パラリンピック組織委員会アスリート委員会委員。

 

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