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【スポーツ】

歴代最長17年の弊害 竹田JOC会長退任へ 海外では存在感「国際力高めた」

2013年9月、20年東京五輪の開催都市契約の調印式で安倍首相(左端)らと写真に納まる招致委の竹田恒和理事長(右から2人目)=ブエノスアイレスで(共同)

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 東京都内で19日に開かれた日本オリンピック委員会(JOC)理事会で、竹田恒和会長(71)が任期が満了する6月限りでの退任を表明した。「私としても東京五輪・パラリンピックがぜひ成功してもらいたいと思っている」と道半ばでの結論になった。理事会では出席者から続投を求める意見が上がり、退任を促す声はなかった。平岡英介専務理事は「JOCとしては2020年の大会を成功させるという役目がある。来期の役員の方には竹田会長の熱い思いを継続して、しっかりやっていただきたい」と語った。

 「10期はあまりに長すぎた。紳士的で実直だが、周りは何も言えない。弊害は確実にあった」。竹田会長の長期政権に対して、スポーツ関係者はそう口をそろえる。JOC会長に就任したのは2001年10月。17年5カ月は歴代最長だ。いまやJOC内部で進言できるのは慶応の小学校からの同級生、平岡専務理事くらい。周囲も献身的なサポートをする体制ではなかったという。

 かつて竹田会長を支えた元JOC理事は「早い段階で後継者を育てるべきだった」と指摘する。「JOCの理事は競技団体の幹部や学識経験者が中心で後継者の育成は難しいかもしれない。だが、スポーツ界の未来を考えて、若い会長への流れをつくることはできたはず。東京五輪が決まり、会長職にしがみついた印象が強い」と話す。

 一方で、実績を評価する声も多い。国際オリンピック委員会(IOC)委員だった猪谷千春氏、岡野俊一郎氏が11年末に退任。103年続いた日本人委員の歴史が途絶えた。その7カ月後、竹田会長がIOC委員に就任。明治天皇の孫で父の恒徳(つねよし)氏と親子2代での委員になった。

 JOC評議員の一人は「五輪はもともと欧州の王族や皇族が中心となり、発展に寄与してきた。IOC委員には独特の世界観がある」と説明。「その中で、竹田さんは旧宮家出身で家柄も良く、他のIOC委員たちから一目を置かれていた。海外での存在感は際立っていた。日本スポーツ界の先頭に立って、国際力を高めたと言っていい」と貢献度を強調する。

 「先頭に立った」という最たる例が20年の東京五輪招致の活動だ。JOC会長、招致委員会の理事長、IOC委員として、世界を駆け回った。

 JOCの元幹部は「JOCと招致委員会は別組織だが」と前置きして、「竹田会長の最大の功績は東京五輪の招致」と語る。「ただし、このままだと最大の失策も招致になりかねない。疑惑が晴れなければ、東京五輪のイメージは悪化するだろう。その責任は大きい」と眉をひそめる。 (森合正範)

 

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