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【スポーツ】

<イチ流 イチロー引退>(下)芸術品のレーザービーム

レーザービームと呼ばれたイチロー元選手の送球は、マリナーズのピンチを何度も救った=2001年4月、シアトルで(梅津忠之撮影)

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 大リーグ通算3089安打、日米通算で4367安打。打者として前人未到の記録を残したイチロー元選手だが、大リーグで印象に残る場面を一つだけ挙げるとすれば、打撃よりも全米に衝撃を与えたあの「送球」を選ぶファンは多いと思う。外野手からの速くて正確な送球が「レーザービーム」と呼ばれるきっかけとなったプレーである。

 大リーグ1年目の2001年4月11日。敵地で行われたアスレチックス戦。マリナーズが3−0とリードした八回裏だった。1死一塁から右前打され、俊足の一塁走者・ロングは迷わず二塁を蹴った。前進して打球を捕ったイチロー元選手は素早いモーションで三塁へ。ノーバウンドの送球が三塁手のベルのグラブに“ストライク”で収まり、走者を刺した。今でも外野手の好プレーでは必ず紹介される、有名なシーンだ。

 今季からレッズの監督に就任したベルは、この時に強烈な印象を受けたといい、「イチローのプレーは芸術品である」と言っていた。

 この試合、イチロー元選手は途中出場だった。開幕8試合目で、休養のため先発を外れていた。0−0で迎えた八回表に代打で登場。左前打で出塁し、先制のホームを踏んだ、その裏のプレーだった。いつ出番が来てもいいように、気持ちも体もしっかりと整えていたことが分かる。

 イチロー元選手は守備の準備もあらゆる場面を想定し、徹底している。常に次のプレーをイメージし、どこに打球が飛んできてもスムーズに動けるようにしている。試合前、フェンスによじ登る練習までしていたこともあった。

 「僕は打つだけでなく、守備も走塁もできなければいけない選手」と、イチロー元選手は言っていた。中軸を任されたオリックス時代と違い、長打を捨てた分は、守って走ってチームに貢献した。

 大リーグといえども、高いレベルで走攻守の三拍子がそろった選手は少ない。米国野球殿堂入りは、米通算3000安打達成だけでも間違いないところだが、守備の名手に贈られるゴールドグラブ賞10度獲得の実績で、より確実なものになっている。 (樋口浩一)

 

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