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【スポーツ】

<平成の風 激動のスポーツ界>(4)若貴、稀勢渡り合った 多様な難敵角界刺激

2017年初場所千秋楽で白鵬をすくい投げで破った稀勢の里(左)=両国国技館で

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 相撲記者は本場所の取組を、力士を取材しながら支度部屋にあるテレビ画面でチェックすることが多い。しかし、あの日のあの一番だけは、砂かぶり席の後ろにある記者席で見届けたかった。

 平成29(2017)年初場所千秋楽。前日に初優勝を決め、横綱昇進も手中に収めていた大関稀勢の里と、横綱白鵬の結びの一番。弊紙の記者席は、西の花道のすぐそばにある。西方の稀勢の里は目の前だ。立ち合いから一方的に攻め込まれ、俵に足をかけながら左から逆転のすくい投げ。記者のすぐ近くに落ちてきたのは、白鵬だった。

 思えば平成の土俵は、日本勢と外国勢とのせめぎ合いだった。土俵に上がれば、日本人もモンゴル人もない。それは百も承知。日本国籍を取得してから優勝したにもかかわらず、「日本出身力士」の優勝とはカウントされなかった旭天鵬の思いも、取材で聞いている。だがやはり、日本勢と外国勢の闘いの構図は、土俵に現前していた。

貴乃花の横綱昇進披露宴で鏡開きを前に談笑する(左から)若乃花、曙、貴乃花、貴ノ浪、武蔵丸=東京都内で

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 平成元(1989)年初場所。平成で最初に賜杯を抱いたのは現八角理事長の横綱北勝海。当時は兄弟子の横綱千代の富士らとともに、ハワイ出身の巨漢、小錦と覇権を争っていた。空前の「若貴フィーバー」に沸いた平成前半は、曙、武蔵丸のハワイ勢の横綱が、国民的人気を誇る兄弟と渡り合った。

 貴乃花引退と入れ違いで横綱に昇進したのがモンゴル出身の朝青龍。その全盛期に番付を駆け上がったのが、まだ20歳そこそこの稀勢の里だった。稀勢の里には朝青龍、白鵬、日馬富士のモンゴル勢が立ちはだかった。数々の大記録を塗り替えてきた白鵬がついぞ果たせていない連勝記録の更新は、稀勢の里が2度もストップした。その仕返しとばかりに白鵬は、稀勢の里の初優勝を何度も阻んだ。

 稀勢の里は、引退会見で言った。「自分を成長させてもらったのも、モンゴルの横綱のおかげ」。平成の土俵はやはり、ルーツの違うライバル同士が互いの意地と名誉を懸け、切磋琢磨(せっさたくま)してきた闘いの歴史だった。 (平松功嗣)

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