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【スポーツ】

<ウィメンズ・リポート 咲きつづけたい>産後直面 アスリートの壁 柔道 五輪金メダリスト・松本薫さん

産後に競技復帰した自身の体験を振り返る松本薫さん=東京都渋谷区で

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 自分なりに最善の注意を払ったはずだった。2月に現役引退したロンドン五輪柔道金メダリストの松本薫さん(31)は、2017年6月に長女を出産。1カ月後に畳に戻ってから、次第に足が痛むようになった。1年近く我慢してから整形外科を受診すると、右すねにひびが23本、左にも20本近く入っていた。母乳もよく出たといい、「カルシウムとか栄養が出ていっちゃったのかも。もっと食事量を増やすべきだった」と声を落とした。

 妊娠期は自己流で練習した。「柔道のママさんアスリートは谷亮子さん以来。自分で見つけていくしかない」。普段から400メートルダッシュなど陸上の中距離選手のようなメニューを取り入れ、妊娠3カ月ごろにはフルマラソンも完走。下半身に負荷をかけ過ぎてはいけないと知ったのは、8カ月ごろに国立スポーツ科学センター(JISS)で専門のトレーナーと栄養士の助言を受けるようになってから。そこから出産1週間前まで、上半身のトレーニングを中心に続けた。

 産後も競技を続けようと思ったのは、出産を機に引退するさまざまな女子選手を見てきたから。「男性は結婚しても子どもが生まれても、当たり前のように続けているのに、なんで女性だけこんなに(競技寿命の)幅が狭いのか」。反骨心で復帰を目指す一方、妊娠を経験した体は腹筋が割け、体幹も定まらない。「相手が何をしてくるか全部見えているのに、反応できない。全く別の体になったみたい」と途方に暮れた。

 10代の初めごろは、偏った食生活を送っていた。苦手な白米を避け、食後に大好きなアイスクリームやスナック菓子で腹を満たした。必要なエネルギーが十分にとれず、いつまでたってもやせ細った身体。「でも試合で勝ってるし、何も問題ないと思っていた」。高校1年で遅めの初経が来ても、試合に合わせて減量するたびに1カ月ほど月経が止まった。

2012年ロンドン五輪の柔道女子57キロ級で金メダルを獲得した=エクセルで(畦地巧輝撮影)

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 「選手の中では生理が止まるのは、よくあること。先生に相談しようとは思わなかった」。軽量級の日本代表クラスの選手は、高校3年の終わりごろまで止まったとも聞いていた。松本さんは骨折を繰り返した大学2年生のときに食生活を見直し、栄養バランスを考えるようになった。「体をつくる10代のときは、ちゃんと食べなきゃダメ。それも産後のひびにつながったのかも」と自戒を込める。

 月経に、出産。女子選手が避けられない生理現象とうまく付き合うには、周りのサポートが欠かせない。松本さんの練習拠点や出稽古先の大学に託児施設はなかった。長女を連れていくと、手の空いたコーチらに面倒を見てもらうしかない。「周りも子連れの選手をどう扱えばよいのか分からない。うちは共働きで両親も遠方なので、時間的にも肉体的にも制約が大きい」。大会でも結果が出ず「野獣と子育てを両立させるのは難しい」と引退を決めた。

 課題をクリアするには、女性の声をくみ取りやすい組織づくりが肝要だ。スポーツ庁などは20年までに競技団体の女性役員比率を30%まで引き上げたい考えだが、日本スポーツ協会に加盟する117団体では昨年10月現在でも11・2%にとどまる。

 たくさんの壁にぶち当たりながら、松本さんが競技を続けたのは、その過程で得られるものがあったからだ。「体をつくり直すことでこれまで以上のことができるようになり、柔道との向き合い方や周りとの付き合い方も変わった。20年以上の柔道生活で、子どもを産んでからの1年くらいが一番楽しかった」とにっこり笑う。だからこそ「少しでも(産後も)続けたいと思う人がいるなら、続けてほしい」。畳を離れた後も、女子選手を取り巻く環境の改善を願っている。(兼村優希)

    ◇ 

 トップ選手からジュニア世代まで、女子選手が高い競技力を維持し続けるには、月経や出産といった女性特有の体の変化と正しく向き合う必要がある。今や、日本の五輪出場選手の約半数を女子が占め、直近の夏季大会の金メダル獲得数は女子が男子を上回る。壁に屈せず、しなやかに咲き続けようとした元選手や支える研究者らを訪ねた。(この企画は随時、掲載します)

<まつもと・かおり> 5歳から柔道を始める。女子57キロ級で2012年ロンドン五輪金メダル。世界選手権は10、15年優勝。3位だった16年リオデジャネイロ五輪後に結婚し、17年6月に第1子の長女を出産。19年2月に現役引退を表明。現在は所属していたベネシード社でアイスクリーム事業に携わる。石川・金沢学院東(現金沢学院)高、帝京大出。163センチ。31歳。金沢市出身。

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