東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > スポーツ > 紙面から > 7月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【スポーツ】

佐々木、最後は出場せず 大船渡、決勝で敗れる

甲子園出場を決め喜ぶ花巻東ナインを前にベンチで肩を落とす大船渡・佐々木(奥)=岩手県営野球場で

写真

◇高校野球地方大会 花巻東12−2大船渡

 第101回全国選手権大会岩手大会の決勝が25日、盛岡市の岩手県営野球場で行われ、最速163キロの球速で注目の佐々木朗希(ろうき)投手を擁する大船渡は、米大リーグ、エンゼルスの大谷翔平の母校、花巻東に2−12で敗れて、35年ぶりの甲子園大会出場はならなかった。3年生の佐々木は出場することなく、高校生最後の夏が終わった。

◆「投げたい気持ちあった」

 底知れぬ力を秘めた190センチ、86キロの体は、最後までダイヤモンドに解き放たれることはなかった。ようやくたどり着いた聖地を懸けた決勝の舞台。最速163キロを誇る大船渡の佐々木は、出場することなく大敗を見届けた。高校最後の夏は思わぬ形で幕を閉じ「負けたことが悔しい」と絞り出すように話した。

 前日に129球で完封したエースは、この日の朝に国保監督から先発しないと告げられた。途中出場へ「心の準備はしていた」と言うが、ブルペンに入ることもなく、試合後は涙があふれた。

 故障の防止を見据えた監督の決断に、理解や感謝を口にしながらも「(予想は)していなかった。投げたいという気持ちはあった」と率直な思いを吐露。「(配慮してもらった)その分、将来活躍したい」と必死に前を向いた。

◆起用法難しさ浮き彫りに

 甲子園という夢と、将来を考えた起用法を両立させることの難しさが、浮き彫りとなった。

 佐々木は、24日の準決勝で129球を投げて完封。国保監督は、試合間隔や気温の高さなどを要因に挙げ「甲子園という素晴らしい舞台が、決勝に勝ったら待っているのは分かっていたが、今までの3年間の中で一番壊れる可能性が高いと思い、私には(起用するという)決断ができませんでした」と語った。

 国保監督は「一生心に残るような決断は、自分で引き受けようと思った」と、選手には相談しなかったという。

 投手の故障予防をめぐっては、日本高野連が4月に有識者会議を発足させ、6月の第2回会合で、全国大会で一定の日数の中で投げられる球数を制限することを答申に盛り込むことを決めた。国保監督は問題視されている過密日程については「発言する立場にはない」と述べた。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報