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【スポーツ】

<ラグビーW杯>松島、ヒーローになる時 シャイな性格、高3の大会で覚醒

日本−ロシア 後半、タックルを振り切り突進する松島選手。この後、自身3本目のトライを決める=20日、味の素スタジアムで

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 二十日に始まったラグビーのワールドカップ(W杯)で開催国の日本は、東京都調布市の味の素スタジアムでの開幕戦で、重圧に苦しみながらもロシアを退けた。立役者は、日本代表ではW杯で一試合最多となる3トライを挙げた松島幸太朗選手(26)=サントリー。シャイでクールな性格だが「好きな分野で目立つのは好き」。ヒーローへのあこがれを抱き続ける点取り屋の活躍が光った。 (対比地貴浩)

 ジンバブエ出身で記者だった父ロドリックさん(故人)と母多恵子さん(55)の間に南アフリカのプレトリアで生まれた。六歳で東京に移り住むとテレビ番組に夢中になり、「戦闘ものが大好きだった」と多恵子さん。特にウルトラマンが好きで、テレビの前で「シュワッチ」となりきり、疲れて寝てしまうまでやっていた。アクションスターのジャッキー・チェンさんもお気に入りで、松島選手自身も「アクション俳優になりたかった」と振り返る。

 中学でラグビーに出会うと、快足を生かして大柄な選手を抜き去る魅力にのめりこみ、強豪の神奈川・桐蔭学園高に進む。当時の同校のグラウンドは砂場のように柔らかく、藤原秀之監督(51)は「足腰はずいぶん鍛えられた」。けがで全体練習を離脱した時は一日二時間、タイヤを引いて下半身を強化した。

 高校三年の冬の全国高校大会。心に残るのが準々決勝で当たった強豪の大阪・東海大仰星高戦。自身もトライを奪い、1点差で劇的に勝つと珍しく涙があふれた。感情を揺さぶられ、「高校一番の思い出」と振り返るその試合をきっかけに、プロとして活躍する決意を固める。高校卒業後は日本の大学に進学せず、南アフリカへ渡ってプロチームの下部組織に入った。

 W杯で史上初の八強以上を目指す日本にとって、仲間がつないだボールを最後にトライにつなげるフィニッシュ役は不可欠。「自分はいい選手だと証明したい」と松島選手。今こそ自分がヒーローになる。

東海大仰星高との試合でトライに走る桐蔭学園高時代の松島選手(中)=2011年1月3日、大阪府・花園ラグビー場で

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