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【スポーツ】

71歳・大井、夢へ挑戦続く パラ砲丸投げへ決意の転向

5大会連続となるパラリンピック出場をかけて、男子砲丸投げ(座位)に出場した大井利江=ドバイで(共同)

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 【ドバイ=神谷円香】パラ陸上の世界選手権で、日本勢最年長の71歳、砲丸投げ(座位F53)の大井利江(としえ)=北海道・東北パラ陸協=が6メートル60で5位となり、今回の東京パラリンピック代表内定は逃した。東京は引退を翻意してまで目指すことにした夢舞台。チャンスは残っており、挑戦は続く。

 パラリンピックは2004年アテネ大会から4大会連続で出場。円盤投げで銀メダルと銅メダルを1つずつ獲得し、06年には世界記録も樹立した。パラ陸上の「レジェンド」と呼ばれることも。今大会では海外メディアから取材を受けた。

 下半身が不自由で、高いいすのような台に両脚を固定して投てきする。使うのは利き手と反対の左手。右手が肩より上に持っていけないためだ。顔をゆがめながら、精いっぱい力を込めて球を放る。

 尻を浮かせたり足を動かしたりするとファウルになる。今大会は判定が厳しく、多くの選手が戸惑った。大井は6位で競技終了。「思ったように投げられなかった」と肩を落とした。

 その後、想定外の事態が起こる。他選手の判定への抗議で、記録が二転三転。大井の順位は6位から代表内定の4位に繰り上がる。「地元に恩返しができる」。そう喜んだのもつかの間、最終的に5位に下がり、振り回された。

 三陸海岸がある岩手県洋野(ひろの)町出身。遠洋漁業の漁師だった30年前、ミッドウェー沖で操業中、しけの揺れで落下してきた道具箱が首に当たり、首から下が不随になった。リハビリで始めた水泳の会場でパラ陸上の関係者に誘われ、50歳から競技を始めた。12年のロンドン大会を最後に円盤投げが自身のクラスで実施されなくなり、引退を考えていたところ、東京大会開催が決定。「東京に出たい」。再挑戦を決意し、砲丸投げに転向した。来年4月までに世界ランキングを6位以内に上げれば、東京への道は開ける。現在9位。もう一踏ん張りする。

 

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