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【スポーツ】

先も過去も考えず 競泳・入江陵介 語る思い

世界選手権男子200メートル背泳ぎ決勝で力泳する入江陵介=7月、韓国・光州で(沢田将人撮影)

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 競泳男子の入江陵介(イトマン東進)が、4度目の大舞台に向けた強化に余念がない。競泳では平成生まれの選手で初めて日本代表に入り、第一線で活躍し続ける背泳ぎのスペシャリスト。30歳で迎える2020年東京五輪への思いを聞いた。 (磯部旭弘)

 −五輪前哨戦となった7月の世界選手権は背泳ぎの100メートルが6位、200メートルが5位だった。

 「大会に入ってから泳ぎがいまいちはまらず、アップやレース中に悩んでいた。いろいろと、もがいていた状態。それが結果として表れた。ただ、世界のレベルが上がるかと思いきや、背泳ぎは正直そこまで上がっていなかった。自分自身のタイムは良くなかったけど、普通に泳げればメダルは取れた。射程圏内。いけるという気持ちになった」

 −20年シーズンに向けて始動している。

 「タイムが速かった14年シーズンを振り返ると、ほとんど体幹トレーニングに充てており、毎日細かいメニューをやっていた。泳ぎでも、体づくりでも、体の芯から力を使えるようなものを目指している。競技会でスピード感も磨いていきたい。4年前は16年リオデジャネイロ五輪に向けて新しいことをやるしかないと思っていた。ただ、筋肉がつきすぎ、余計な部分に力が入ったりして持ち味が失われた。リオ五輪はすべてがダメダメ。直前の試合もボロボロで精神的にも良くなかった」

 −リオ五輪後は約3カ月の休養を挟んだ。

 「限界というか、先が全く見えなかった。日本代表が長く、ずっとプレッシャーを抱えてやってきた。どこかで解放されたい気持ちがあり、競技を休ませていただいた。それでも、心の中にあったのは表彰台に立ちたい、すっきりしない終わり方は気持ちよくないという思い。続けるとしたら、がらっと環境を変えるしかないと、16年中に米国へ行く決断をした。日本だと練習に構えすぎるところがあったけど、スムーズに練習に入れてストレスなく過ごせた」

 −アスリートの一人として、13年には東京五輪の招致活動に協力した。

 「現地に一緒に来てほしいとオファーをいただいた。人生の大きな経験だと思い、ぜひ行きたかった。プレゼンしてから結果が出るまでに時間がかかったりしてドキドキ。決まったときはうれしかったし、一生忘れることはない。ただ、当時はまずリオまで頑張ろうと考えていた。トップで居続けない限り、五輪は簡単に出られない。30歳になる7年後の世界はまったく想像できなかったし、あまり考えないようにしていた」

 −代表選考を兼ねた日本選手権も来年4月に迫っている。

 「すごく悩む時期も多かったし、結果も出たり出なかったりした感じで苦しんでいるけど、すべては20年のためにと、リオから過ごしてきた。東京五輪があったから現役に引き留められた気持ちはある。20年が良ければ本当に万々歳。先のことは考えず、変に過去も振り返らずにやりたい」

<いりえ・りょうすけ> 男子100メートル、200メートル背泳ぎの日本記録保持者。近大1年で出場した2008北京五輪の200メートル背泳ぎは5位。12年ロンドン五輪は男子200メートル背泳ぎ2位などでメダル3個を獲得。リオデジャネイロ五輪はメダルなし。イトマン東進。178センチ、64キロ。29歳。大阪市出身。

<東京五輪の競泳代表選考> 2020年4月の日本選手権での一発勝負。個人種目は、日本選手権の決勝で、五輪の決勝進出が見込める「派遣標準記録」を突破し、2位以内に入ることが条件。男子個人メドレーの200メートル、400メートルは今夏の世界選手権で金メダルの瀬戸大也(ANA)が内定している。

東京五輪への思いを語る入江陵介=東京都多摩市で

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