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【スポーツ】

高井保弘さん死去 元阪急、代打本塁打記録 74歳

阪急時代の高井保弘さん=1974年

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 プロ野球阪急(現オリックス)で歴代最多の27本の代打本塁打を放った高井保弘(たかい・やすひろ)さんが13日、腎不全のため死去した。74歳。愛媛県出身。オリックス球団が13日に発表した。葬儀・告別式は15日午後0時半から西宮市高畑町2の25、エテルノ西宮で。喪主は妻安枝(やすえ)さん。

 愛媛・今治西高から名古屋日産を経て1964年に阪急入団。主に代打で活躍し、74年のオールスターゲーム第1戦で代打逆転サヨナラ2ランを放った。球宴史上いまだに代打サヨナラ本塁打はこの1本だけ。75年には代打本塁打数で当時の大リーグ記録を超え、「世界の代打男」の異名を取った。

 82年限りで現役引退。通算出場1135試合で打率2割6分9厘、665安打、130本塁打、446打点。

◆評伝 一振りに研究と努力重ね

 「ベンツは金を出せば買えるけど、オレのノートは買えん」。13日に死去した高井保弘さんの隠れた名言である。投手のクセを書き込んだ秘中メモのことだ。この言葉に野球人生の全てが凝縮されていた。

 一振りにかけた代打人生。生き抜くための研究ノートだった。チームメートで、野球博士といわれたダリル・スペンサーに教わった。実ったのは1974年のオールスターゲーム第1戦。1−2の九回裏、後楽園の左中間に打ち込んだ代打逆転サヨナラ本塁打である。マウンドにいた松岡弘(ヤクルト)のクセを知っていた。「2球目はシュートと読んでいた」という。「日本シリーズで当たるかもしれない」とセ・リーグの投手も調べあげた。

 西本幸雄監督から「変化球が打てん」と、評価されず、長い2軍暮らしだった。それなら長打で、とグリップが極端に細いハンマーのようなバットを振り回した。手首に軟骨ができる、腰痛に悩むなど、無理なスイングの後遺症に苦しんだ。

 代打本塁打27本は、マット・ステアーズの米大リーグ記録(23本)を上回る“世界記録”。1975年から指名打者(DH)制が導入され、「DH制での先発出場がなければ代打30本は打っていたな」と言った。173センチ、90キロの体。ブーちゃんの愛称で親しまれたが、イメージとは違い、研究と努力の人だった。 (共同通信社友・菅谷斉)

 

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