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【スポーツ】

<回顧2019>(5)50キロ競歩・鈴木、復活の金 けがを美化 風潮に苦言

世界選手権の男子50キロ競歩で優勝し、ガッツポーズする鈴木雄介=9月29日、ドーハで(榎戸直紀撮影)

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 疲労困憊(こんぱい)の表情から、キリッとした顔に変わったのを覚えている。ドーハで行われた陸上の世界選手権。男子50キロ競歩で鈴木雄介(富士通)が金メダルを獲得した。それは2015年から苦しんできた故障からの完全復活を意味していた。

 気温30度超、湿度も70%を超える悪条件の中、4時間を超えるレース。脱水症状と内臓疲労で報道陣の前に現れたのは、ゴールして30分以上たってから。記者会見も終盤になり、「今考えると、けがで歩けなかった期間はどういうものだったのか」と質問が飛んだ。鈴木は、はっきりとした強い口調でこう答えた。

 「言いたいのは、あの時間は無駄だったということ。本当につらくて、若い選手には経験してほしくない。絶対にけがを美化してはならないというのが一番です」

 自戒の念を込めて記すが、選手が復活を遂げると“あのけががあったから”“苦しみを糧に”など美談にした物語を書きがちだ。鈴木の言葉には次世代のアスリートへ誤った情報を伝えてほしくないという思いがこもっていた。

 15年3月、20キロで世界記録を樹立し、一躍時の人となった。股関節に痛みがあったにもかかわらず、8月の世界選手権(北京)に強行出場。結果として患部を悪化させ、長期離脱となった。復帰したのは18年5月。2年9カ月もの間、レースから遠ざかった。振り返ると「(強行出場は)間違った判断。痛みがあったら、迷わず休むべきだった」と後悔している。

 故障は競技人生の遠回りでしかないという。もどかしさ。焦り。モチベーションの低下。けがをした自分を責めることもあった。学んだことは「この時間は無駄。もう、けがをしてはいけない」ということだった。もちろん、周囲への感謝の気持ちが強くなり、取り組みに変化が起きたのは事実。だが、「あの期間があったから、と思うことは絶対にない」と言い切る。

 一方で、いくら注意を払っても、けがをする選手はいるだろう。どん底を知り、はい上がってきた鈴木だからこそ言えることがあった。

 「2年9カ月休んでも、また同じくらいのレベルまで戻ってこられた。それを証明できた。けがをした選手は自分を責めず、ふさぎ込まないでほしい。必ず戻れると信じて、しっかりと休んでほしい」

 灼熱(しゃくねつ)のドーハで示したのは暑熱対策やレースプランだけではなかった。若い選手、故障に苦しむ選手へ。鈴木のメッセージが詰まった金メダルだったと考えている。 (森合正範)

 

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