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【スポーツ】

474発 田淵氏殿堂入り 「早慶6連戦」名将2人も選出

野球殿堂入りが決まり、故星野仙一氏のレリーフの前で笑顔を見せる田淵幸一氏

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 野球殿堂博物館は14日、今年の殿堂入りのメンバーを発表し、競技者表彰のエキスパート表彰として阪神、西武で活躍しダイエー(現ソフトバンク)で監督を務めた田淵幸一氏(73)が選ばれた。特別表彰では元慶大監督の故前田祐吉氏と元早大監督の故石井連蔵氏が選出された。

 田淵氏は法大で当時の東京六大学リーグ新記録となる通算22本塁打をマークし、1969年にドラフト1位で阪神へ入団。強打の捕手として活躍し、75年には43本塁打を放って王貞治氏が13年間守り続けた最多本塁打のタイトルを奪った。79年に西武へ移籍し、日本一に貢献した83年に正力松太郎賞を受賞。90年からダイエーで3年間指揮を執り、2008年北京五輪ではヘッド兼打撃コーチを務めた。

 前田氏は慶大、石井氏は早大でともに2度にわたって指揮を執った。1960年の東京六大学秋季リーグ戦では、両氏が率いるライバル同士が同率首位で並び、優勝決定戦が再々試合までもつれる「早慶6連戦」の激闘を繰り広げた。

巨人戦で本塁打を放つ阪神時代の田淵幸一氏=1973年6月、後楽園で

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◆希代のホームラン・アーチスト

 高々と舞い上がり、美しい弧を描く。そのアーチは芸術的でもあると、現役時代の田淵氏は「ホームラン・アーチスト」と呼ばれた。打撃開眼のきっかけをつかんだのは、高校3年の時の病み上がりの打撃練習だった。

 風邪をひいて3日休んだ後。バットを軽く振ったにもかかわらず、飛距離が伸びた。「バッティングで大切なのは力ではない。インパクトさえしっかりできればボールは飛ぶことが分かった。僕のホームラン人生が始まった」

 法大で東京六大学リーグの通算本塁打を塗り替えると、プロ1年目で22本塁打をマークし新人王を獲得。7年目の1975年には43本塁打し、巨人の王貞治の連続本塁打王を13年で止めた。

 「巨人戦で王さんと長嶋(茂雄)さんの前でホームランを打つことが一番の喜びだった。ONという大きな山と戦えて光栄だった」と振り返った。そして「何と言っても江夏豊という大投手と出会い成長できた」と阪神時代の相棒に感謝した。

 同学年で盟友の山本浩二氏、故星野仙一氏に続いて殿堂入りを果たした。星野氏からは「ブチももらったら3人で祝賀会をやるぞ」と言われていたという。「仙ちゃん、俺ももらったよと心の中で報告した」と話し、故人のレリーフの隣で記念撮影に納まった。 (牧田幸夫)

<田淵 幸一氏(たぶち・こういち)> 法大で当時の東京六大学リーグ記録となる通算22本塁打をマークし、1969年にドラフト1位で阪神に入団。75年に本塁打王を獲得した。79年に西武へ移籍して82、83年の連続日本一に貢献。通算474本塁打は歴代11位。90年から3年間、ダイエー(現ソフトバンク)の監督を務め、2008年北京五輪ではヘッド兼打撃コーチ。東京都出身。73歳。

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