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【スポーツ】

<取材ノート>楽しい五輪へ前を向く ロンドン 忘れられぬ熱気と温もり

いつも笑顔で対応してくれたロンドン五輪のボランティア

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 8年前のロンドン五輪。取材で会場に向かう電車の中で、地元の親子が声をかけてきた。「日本が俺たちの銀メダルを持って行ったでしょ」。数日前の体操男子団体決勝。競技終了後の表示では、英国が2位、日本は4位。だが得点計算に疑義が持ち上がり、検証の結果ほどなく日本は2位に繰り上がって、英国は銅メダルに。親子はそのことを冗談まじりに話した。

 子どもは10歳くらいの男の子。体操選手を目指していて、手すりの鉄の棒にぶら下がり、懸垂のまねをしてみせた。「次の次の五輪を目指すよ」。父親は笑った。

 記者も親子も、その日はトランポリンを観戦する予定だった。「優勝争いはどう?」「うーん、日本はメダルが有望だけど、中国もかなり強いよ」。最後は「楽しんでね」と会場近くの駅で別れた。五輪取材の思い出の一つだ。

 小学校の卒業文集の将来の夢の欄に、記者はなぜか「オリンピックに出たい」と記していた。特定のスポーツをやっていたわけではなく、どの競技をイメージしていたのかも思い出せない。だが、世界中の人が集まるスポーツの祭典に、わけもなくあこがれていたのは覚えている。ロンドン五輪の取材で、その夢がかなったことにしている。

 「オリンピック」は楽しかった。子どものころにあこがれた通りの華やかな空間だった。仕事を忘れる瞬間が何度もあった。世界最高峰の戦いはもちろん鳥肌ものだったが、それだけではなかった。

 何日も通った体操会場の食堂では、顔見知りになった店員が料理をおまけしてくれた。駅で取材用のカメラをぶら下げていると、警備の女性が「危ないからかばんの中に入れなさい」と注意してくれた。町で会うボランティアは、カメラを向けると必ず笑顔で写真に収まってくれた。

 ◇ 

 東京五輪・パラリンピックの延期が決まった。今夏をゴールに設定し、神経をすり減らして練習を積んできた選手、準備を進めてきた関係者やボランティア、チケット代や東京までの交通費、ホテル代をすでに支払った人たちの気持ちを察すると「仕方がない」ではすませられない、やりきれない思いが募る。

 プロ野球やサッカーのJリーグなど、あらゆるスポーツも止まっている。五輪と同じように華やかなスタジアムやアリーナが、今はない。

 だが、繰り返すが、オリンピックは楽しい。来年の五輪もパラリンピックも、きっと楽しい。事前キャンプ地も含めれば、日本中で多くの人に楽しい思い出が残るだろう。プロ野球だってJリーグだって、いつかは始まる。

 世界中がスポーツどころではなく、五輪やパラリンピックに向けた課題、スポーツイベントの再開に向けた課題も文字通り山積みの現状では、無責任できれいごとかもしれない。それでも、スポーツが戻ってくる日をわくわくして待ちながら、こんな時だからこそ、少しでも前向きでいたい。 (平松功嗣、写真も)

華やかなフィナーレを迎えたロンドン五輪閉会式=いずれも2012年8月

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