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【栃木】

<奥島孝康のさらに向こうへ>私学助成と憲法 国の姿勢に89条の亡霊

 教育立国を国是とするほかない日本が私学助成を禁ずるはずはないと思われたのに、そうではなかった。憲法八九条の壁があったのである。

 そのため、激しい論争が行われ、結果は、昭和五十(一九七五)年に「私立学校振興助成法」が当時としては異例の議員立法として制定され、私立大学および私立高等専門学校の経常的経費の二分の一以内を補助することができる(四条一項)ようになった。

 これでこの問題は決着がついたかに思われた。ところがそうでもなかった。

 経常的経費補助は、ひところ20%を大きく上回っていたが今では10%を下回るようになっている。

 二十一世紀を迎えたころ、ぼくは日本私立大学連盟会長として全私学を束ねる日本私立大学団体連合会長を兼ね、私学助成問題に取り組んでいた。

 そして、狙いを寄附税制の問題に絞った。その最大の問題点は、「土地建物等のみなし譲渡所得税」の廃止であった。

 これはどういう税制かというと、たとえば、時価十億円の土地を寄附する話があったとする。

 寄附者が、その土地を取得した際の代価が一億円であったとしても、九億円分について税金が支払われていないとして、その分の税金をみなし譲渡所得として、寄附者側に追加徴収するというのである。

 これでは、大学へ寄附を考える者も二の足を踏んでしまう。助成法一五条に税制上の優遇措置がせっかく定められていても、この点はどうしようもなかったのである。

 当然のことながら、大学の大口寄附は土地、建物、株券などに限られるので、国公立大学なみに無税であるべきだと強力に主張して、大運動を展開した結果、なんとか三十年ぶりに大勝利を勝ち取った。

 高等教育の大半を担っている私学に、このような差別をする国の姿勢の根底には憲法八九条の亡霊がいまなおまとわりついているからであろう。

 憲法八九条の構成は、前段で「宗教上の組織等に対する公の財産の使用、便益、維持」を制限するものであって、いわゆる政教分離の規定であることは明白である。

 問題は後段にあり、「公の支配に属しない私的な慈善、教育、博愛の事業」について公の財政的援助を制限するとされており、それを文理解釈するかぎり、私立学校に対する公的援助は制限される。

 すなわち、「公の支配に属しない事業」に私立学校は含まれることになる。しかし、それでよいのであろうか。

 それにもかかわらず、私学振興助成法が成立したことは、憲法上の定義を実質論を前面に立てて払拭(ふっしょく)したはずである。

 つまり、「公の支配」は受けなくとも、「公の厳しい監督」を受けているからである。

 それにもかかわらず、いまなお違憲論の亡霊に悩まされているのは憲法八九条の文言上の問題にある。そこで、「公の支配に属しない」という文言を「公の監督が及ばない」と解釈するかぎり、また、憲法二六条の「教育を受ける権利」のために高等教育の整備が必要だと拡大解釈するかぎり、問題はない。

 加えて、ここまでくれば、憲法二三条も「学問の自由」に「私学の自由」を含ませる拡大解釈ができないわけではない。

 一歩進んで、憲法改正によって私学助成を正面から認めるのであれば、右の文言の修正で十分可能である。

 そこまでしなくても、私立大学が高等教育の80%余りを占めるという現実が圧倒的迫力をもって私学助成は合憲と解されているのは、私学がなければ、日本の未来が危ういからである。

 プルス・ウルトラはいまや私学の双肩にありといっても過言ではない。

 

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