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【栃木】

消える「夜鳴きそば」の灯 足利「大丸ラーメン」35年の歴史に幕

今月いっぱいで閉店する大丸ラーメンの店主早瀬智裕さん

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 足利市の繁華街、北仲通りを拠点に35年間、サラリーマンや地元住民に愛されてきた市内唯一の夜鳴きそば店「大丸ラーメン」が、29日の営業を最後にのれんを下ろす。かつては数十台がしのぎを削っていた時代もあったが、大丸ラーメンの閉店で足利の街から夜鳴きそばの灯が消える。 (梅村武史)

 「格好良く言えば体力の限界。燃え尽きたよ」。店主の早瀬智裕さん(72)はすがすがしく笑った。昨年、大病を患った。何とか経営を続けてきたが心配する家族の思いをくみ、区切りをつける決断をしたという。後継者はおらず、屋台車も解体する見込み。次女の知永(ちえ)さん(44)は「ちょっと寂しい思いはありますが、本当にお疲れさま」と話した。

 「大ちゃん、本当にやめちゃうの」「寂しくなるよ」−。二十五日夜の営業時も、閉店のうわさを聞き付けた常連客が次々と訪れた。三十年来の常客で市内の団体職員、臺(うてな)恒男さん(66)は「飲んだ後のここのラーメンは最高。残念です」と惜しんでいた。

 早瀬さんは二宮町(現真岡市)出身。足利市の飲食店で約二十年間修業後、屋台車を譲り受けて一九八四年春、開店した。夕方からチャルメラを鳴らして市内を巡ってから、足利織姫(おりひめ)神社と鑁阿(ばんな)寺を東西に結ぶ北仲通りに止めて営業するのが日課だ。

 定番のしょうゆラーメン(五百円)は細めの縮れ麺。「飾らない正統派ラーメン」が信条だ。タマネギと片栗粉でつくった「足利シュウマイ」も人気だった。

 バブル時代、ラーメン一杯に一万円札を差し出す客がいた。「受け取れ」「受け取れない」と押し問答になったことも。早瀬さんは「思い出はいっぱい。お世話になった足利の方々に感謝です」と話した。

 北仲通りでの営業時間は午後十時ごろから翌日の午前一時ごろまで。日曜は定休日で二十九日が最終営業日となる。

閉店のうわさを聞き付けて集まった常連客と早瀬さん(右から4人目)=足利市で

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