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【栃木】

藤田嗣治 おかっぱ頭の“実像”探る 県立美術館で自画像公開中 

藤田嗣治が自らを「広告塔」としたプロセスを説明する林洋子さん=いずれも宇都宮市の県立美術館で

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 二十世紀、エコール・ド・パリ(パリ派)唯一の日本人画家として活躍した藤田嗣治が、おかっぱ頭を描いた最初期の自画像が、県立美術館(宇都宮市)で初公開され人気だ。美術史家林洋子さんは講演会で「藤田は、自分を作品として演出したセルフ・ブランディングの先駆者だった」と強調。「そのユニークさを会場で味わってほしい」と呼び掛けている。 (蒲敏哉)

 林さんは「藤田が一九一三(大正二)年に渡仏後、パリで出会った足利市出身の画家川島理一郎と親友となり、ギリシャ時代に戻ろうとの芸術活動から、髪形が影響された。お金もなく、自分で切りやすかったこともある」と解説。

 当時のパリの社会状況について「日本人は、植民地だった仏領インドシナから来た人とも思われ認識されない。藤田は圧倒的に無名で不利だった」と分析した。

 その上で、おかっぱ頭は「画家として成功するために何かしなければならないと考えた末に出した一つの結論。パリの無名の日本人画家として、まず、多くのフランス人に、その存在が大きく認識される必要があった。東洋人が少ない時代に、自身が広告塔になった」とし「ちょびひげに、丸眼鏡、ピアス、さらに腕時計や、指輪の入れ墨もしていた。自分の体を加工するビジュアル系アーティストのはしり」との見方を示した。

 講演会では、現代芸術家のアンディ・ウォーホルや草間弥生さんの写真を紹介。

 「それぞれニューヨークのアートシーンで活躍したが二人ともかつら」と明かしながら「草間さんが外に出てくるときのセルフイメージの作り方は、このかつらと、自らデザインした水玉模様の服。ウォーホルもかつらがオークションに出品されるほど。作家にとってセルフ・ブランディングは重要だ」と強調した。

 今回、展示されている、東京国立近代美術館蔵の自画像(二九年)は、藤田の日本での画家イメージを決定的にした作品とされ、林さんは「今回の展覧会は『絵を見るとき、あなたは何を見ているの?』がテーマ。この作品は藤田が四十二歳のときで、細い髪を丁寧に描写している。眉毛、ひげ、眼鏡、ピアスにも目を向けてもらうと進化していく推移が分かる」と鑑賞の視点をアドバイスしている。

 展覧会は二十五日まで。問い合わせは、同美術館=電028(621)3566=へ。

<ふじた・つぐはる> 1886年、東京生まれ。東京美術学校(現東京芸大)卒。1913年に渡仏後、独自の乳白色の画風で欧州画壇を風靡(ふうび)。第2次世界大戦中は海軍嘱託画家として戦争画を描いた。50年にパリに戻り55年、仏国籍を取得。68年、スイスで死去。81歳。仏・ランスに自ら築いた礼拝堂に眠る。

会場では、自らを作品として演出した芸術家として、アンディ・ウォーホルや草間弥生さんが紹介された

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