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【栃木】

<小森信道の東奔西走 自転車レース取材記>ツール・ド・北海道 トラブルで結果遠のく

個人総合時間の大逆転を目指し、逃げ集団に入って逃げ切りを狙った増田選手だったが、望む結果を手にすることはできなかった=北海道上士幌町で

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 六日から八日の三日間にわたり、国際自転車競技連合(UCI)公認の国際ステージレース「ツール・ド・北海道」が開催された。

 今年で三十三回目となる同レース。昨年は開幕前日の未明に発生した北海道胆振東部地震の影響を考慮し、三十年以上の歴史の中で初めて大会が中止される異例の事態に。そのため、今年は昨年に予定されていたコースを踏襲する形で開催された。

 今レースは東京五輪日本代表の選手選考の対象レースでもあり、宇都宮ブリッツェンは選考ランキングでトップに立つ増田成幸選手の、最も名誉ある個人総合時間での上位進出、UCIポイント加算を最大の目標にレースに臨んだ。

 しかし、六日の第一ステージでいきなり、ブリッツェンは出遅れる。序盤にできた逃げ集団に対し、有力選手勢が追走の動きを見せたタイミングで増田選手がパンクを喫し、その動きに同調できず。増田選手の復帰後、全選手で逃げ集団を追走したが及ばず、初日からタイムを大きく失う状況に追い込まれた。

 失ったタイムを挽回するには、上位選手を置き去りにしてゴールし、タイムを稼ぐしかない。七日の第二ステージ、八日の第三ステージとも、増田選手は逃げ集団に入って逃げ切り勝利を狙ったが逃げ切れず、最終成績は個人総合時間で十九位。十位まで与えられるUCIポイントを獲得することはできなかった。

 初日の追走、増田選手が見せた果敢な逃げ、岡篤志選手の第三ステージ四位など、全日程を通して強さは見せたブリッツェン。それでも、ひとつのトラブルで望む結果が遠のくのが自転車ロードレース。今回、ブリッツェンに勝利の女神はほほ笑まなかった。

 この悔しさを糧に、次のチャンスをしっかりものにしてほしい。

<レース概要> 北海道で開催される国際レース。今年は東部と北部を舞台に、3日間で大雪山系を反時計回りに1周する、総走行距離541キロで争われた。

 

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