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【栃木】

足利学校の歴史に思いはせ 刺繍胸背など3件、市重文に

刺繍胸背・鶴=いずれも足利学校所蔵・提供

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 足利市教育委員会は、李氏朝鮮の王族、官吏が服の胸と背に張っていた装飾品「刺繍胸背(ししゅうきょうはい)」など史跡足利学校所蔵の貴重な史料三件を市重要文化財に指定した。指定されたのは、工芸品「刺繍胸背 附添書(つけたりてんしょ)」三枚一式、絵画「山水図」一幅、「釈奠(せきてん)具」祭器と掛け軸一式で、市指定文化財は計三百十一件となる。 (梅村武史)

刺繍胸背・鳳凰(ほうおう)

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 胸背三枚は各一辺三十センチ前後の正方形で官吏らの階級を示す装飾品。十八世紀の制作とみられる。

 江戸時代に朝鮮外交外務機関があった対馬から江戸の金地院を経て同学校にもたらされた。伝来経路などを記した添書一通が付く。

 京都の僧侶が、対馬に赴任して帰郷する際、珍品として入手し金地院に寄贈。その後、同院の僧侶が足利学校に寄贈し、長らく保管されていたという。

「山水図」伝謝時臣筆

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 山水図は縦九十四センチ、横四十四センチで絹地に着色した作品。中国・明代中期の画人、謝時臣(しゃじしん)作と伝承されるが、実際は明代末から清の時代に蘇州画壇の人物が描いたとみられる作品。

 一八三一年、同学校を訪れた江戸時代の画家渡辺崋山(かざん)が「見事なり」と旅日記に記している。

 釈奠具一式は、孔子を祭る同学校の伝統行事で用いられる祭具二十三点と掛け軸十二幅。一九〇七年に現行の釈奠様式が定まって以降、百年以上使われ続けている。木製黒漆塗りの祭器「ほ」「き」はともに一六六八年制作。この形状の祭器としては日本最古という。

釈奠具「き」

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釈奠具「ほ」

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