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【東京】

<東京NEWS 2018> (7)調布飛行場、自粛解除

自家用機の自粛解除後、初めて飛来したシーラスSR22=10月1日、調布飛行場で

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 十月一日の日没前、調布市の調布飛行場に銀色の小型機が着陸した。航空機愛好家グループが所有するプロペラ機(シーラスSR22)。同飛行場に十七機登録する自家用機の一機だ。

 二〇一五年七月に同飛行場を離陸した直後の自家用機が住宅街に墜落して以降、都はすべての自家用機の飛行自粛を要請してきたが、今年九月中旬に解除。十月一日が解除後では初の飛来となり、今月二十八日までの離着陸は計三十九回を数える。周辺自治体が慎重な対応を求める中で解除を決めた都には、「事故被害者や周辺住民に不誠実」(調布市議会)などと、不満や不信が今もくすぶる。

 都への不信が最も強いのは、墜落現場となった同市富士見町の被災者だろう。住民一人を含む三人が死亡、五人が重軽傷を負い、全半壊三軒を含む計十一軒が被災した。

 自宅の一部が損傷した藤田茂さん(62)は「都は、自らの事故の責任を検証しないまま幕引きを図ろうとしているように見える。当時の責任者の処分も行われていない」と批判した。

 墜落の主因は重量オーバーだった。禁止されていた営利目的の「遊覧飛行」が背景にあったが、事故で死亡した機長が空港側に提出した書類は、操縦技能を維持する「慣熟飛行」と記されていた。

 「遊覧飛行と疑われる飛行があったことを見抜けなかったのは申し訳なく思う」。昨年十一月の住民説明会で、都の担当部長が初めて謝罪の言葉を口にした。

 だが、被災者は都が過失責任を認めて謝罪したとは受けとっていない。三年前、都の担当者が墜落現場を訪れ、被災住民と初めて面会したのは事故から二週間以上たってからだった。機長らの営業活動は自家用機仲間のうわさになっていたのに、当時の担当部長が「飛行場を離陸した飛行機は管理外。私たちには責任はない」と話したのを住民たちは今も忘れていない。都への不信の原点はそこにある。

 事故後、更地になっていた三区画のうちの一区画で最近、家屋の再建に向けた地鎮祭が行われた。都はプライバシーを理由に詳細を明らかにしていないが、八月に都が開始した被害住宅の再建支援制度を利用したとみられる。

 藤田さんは語る。「すべての更地に家が再建され、事故前の状態になる日はいつ来るのか。住民が笑顔で暮らせる日常が戻ることが地元の一番の願いです」 (花井勝規)

 

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