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【東京】

「被害回復を」信念の生涯 第2次新横田基地訴訟 原告団長の大野さん悼む

第2次訴訟の地裁支部判決を受け記者会見する大野芳一さん(手前)=2017年10月、立川市で

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 米軍横田基地(福生市など)の周辺住民約千人が騒音被害の解消を求めた「第二次新横田基地公害訴訟」で、原告団長を務めていた昭島市の大野芳一(おおのよしかず)さんが二十一日に亡くなった。七十九歳。訴訟は今年一月、東京高裁で結審し、六月に判決が言い渡される予定。「裁判に一生を費やさなければならないのか」。被害回復を訴え、かつて口にしていた懸念が図らずも現実になってしまった。 (原田悟)

 大野さんは一九七六年、米軍基地を巡り、全国で初めて国に損害賠償を求める訴訟を起こしたメンバーの一人。九六年からの新横田基地公害訴訟で代表幹事を務め、二〇一三年からの第二次訴訟で団長に就任した。一七年十月の東京地裁立川支部の判決では、飛行差し止めなどが認められずに控訴。今年一月三十一日に高裁で意見陳述したが、心筋梗塞のため急逝した。

 第二次訴訟から原告に加わった八王子市の渡辺てつよさん(63)は「四十年以上も裁判を続け、生き字引のような人だった。もの静かな中に強い信念を持っていた。もっと教えてもらいたいことがあったのに、残念です」と悔やむ。

 弁護団の山本哲子弁護士は、大野さんが一月の意見陳述で「今年で八十歳になるから、これが最後になるかもしれない」と訴えたのが耳に残っている。「人格的に素晴らしく、あらゆる騒音訴訟の要の人だった。最新の情勢にも詳しく、こちらが教えてもらうことも多かった。ショックです」と悼んだ。

 大野さんの通夜は二十五日午後六時、告別式は二十六日午後零時半から、昭島市上川原町二の龍田寺で。喪主は長男真(まこと)さん。

 

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