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【東京】

国史跡指定で本格整備へ 西東京「下野谷遺跡」 8年ぶり現地説明会

下野谷遺跡の発掘調査の様子を見る参加者ら

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 縄文時代中期の集落跡としては関東最大級とされる「下野谷(したのや)遺跡」(西東京市東伏見)の発掘調査現場で九日、現地説明会が開かれた。説明会は二〇一一年以来八年ぶり。同市は、二〇一五年に国史跡に指定された西集落部分の一部九千五百平方メートルを「都心に最も近い縄文探訪エリア」として整備する計画を進めており、二一年度中にも竪穴住居などが現地で復元される見通しだ。 (花井勝規)

出土した土器類について説明する学芸員(右)=いずれも西東京市東伏見で

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 下野谷遺跡は石神井川右岸の台地で見つかった、西と東の二つの大きな環状集落の跡。墓とみられる土坑群がある広場を囲むように、竪穴式建物群や穴を掘らずに建てる掘立柱(ほったてばしら)建物群の跡が多数見つかっている。遺跡全体の面積は約十三万四千平方メートルに及ぶ。

 この日説明会が行われたのは、国史跡に指定されている西集落約一万三千五百平方メートルの一部で、下野谷遺跡公園の隣接地で行われている発掘現場。午前と午後の二回にわたり計約五十人の市民らが参加し、二カ所で行われている第二十八次調査の様子を視察した。

 同市教育委員会社会教育課の学芸員亀田直美さん(55)が「みなさんと一緒にここを整備していきたい。調査の状況を見ていただき、遺跡を身近に感じてほしい」と解説を交えながら現場を案内。遺跡から出土した土器や石器の展示も参加者の関心を集めた。

 参加者の一人で、市内で模型工房を営む石原輝二さん(66)は「解説を聞いて縄文時代当時の村の風景が目に浮かんだ。ロマンを感じる。これだけの規模の遺跡が都内に残っているなんてすごいことだ」と話していた。 

 市は同遺跡を「市の宝」と位置付け、当面の遺跡の保存と活用指針となる整備基本計画を月内にまとめる予定。二一年度までに竪穴住居や掘立柱建物を最大で数棟復元する計画で、うち一棟は市民と一緒に手作りで建てる計画も進める。将来は、遺跡の出土品を常設展示する博物館や史料館機能も検討するという。

 

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