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【東京】

反骨の多摩、武蔵野 米軍ハウスから文化発信

狭山の米軍ハウス時代。自宅にて小坂忠さん(提供・トラミュージック)

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 一九六〇年代末から七〇年代、福生、狭山、入間などに点在した米軍ハウスに、数多くのミュージシャンやアーティストが住んでいました。

 なぜ彼らが米軍ハウスという場所を選んだのか。そこにはアメリカ文化への憧れがありました。同じ地域に住んでいた兵隊たちと親しくなって米軍基地へ遊びに行くなど、まさに「アメリカ」がそこにあった――、そう証言する方が大勢います。間取りが広くて家賃が安い住環境も大きな魅力だったようです。

 狭山に長く住んでいたシンガーの小坂忠さんは、その特徴を「都心との距離感」と端的に述べています。都心にいると見えなくなってしまうものがある。自分たちの仕事を対象化し、既成の路線とは異なる表現を探すために、その距離感が有効だったのです。

 イラストレーターの天野喜孝さんは、創作に集中できる環境を求めて福生に移住。アトリエを兼ねた自宅に大勢の人が集まり、毎日パーティーのようだったという誤算も。それでも、福生時代に体感したアメリカのポップカルチャーから、大きな影響を受けたと言います。

 彼らが生みだした文化は、次の世代に受け継がれています。大滝詠一や細野晴臣らに憧れたシンガー・ソングライターの笹倉慎介さんは、福生のハウスをレコーディングスタジオにし、独自の音楽を発信。ハウスを文化資源と捉えてまちづくりを展開するNPO法人FLAGの活動も注目されます。米軍ハウスは今もなお、新しい文化を醸成する土壌であり続けています。 (後藤隆基)

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 「都市を味わい、都市を批評し、都市を創る」をキャッチコピーに掲げる月刊誌「東京人」の編集部が、5月号の記事をもとに都内各地の情報をお届けします。問い合わせは、「東京人」編集部=電03(3237)1790(平日)=へ。

 

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