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【東京】

晴れ舞台、立ち上がり熱唱 両足義足の呉建一さん 渋谷のシャンソンコン出場 

義足の両足でしっかりと立ちシャンソンを歌う呉さん=渋谷区で

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 若いころの交通事故で両足を失った新宿区の呉建一さん(71)が25日、渋谷区文化総合センター大和田であったシャンソンコンクールに出場し、義足の両足で立ち1曲を歌い上げた。「なせばなる。やる気になれば何でもできる」。不自由な足でも仕事や趣味に精力的に取り組み、晴れ舞台を満喫した。 (神谷円香)

 司会者から名前を呼ばれ、ゆっくりした足取りで舞台中央に進み出た呉さん。マイクを持ち、三十歳から歌ってきた和製シャンソン「グッドバイ・マイ・ラブ」を熱唱。六十歳以上が対象のコンクールで、努力賞を受賞した昨年に続く出場。今年は受賞はならなかったが、伴奏してもらうのが夢だった日本シャンソン・カンツォーネ振興協会の城所潔理事長のピアノで歌い、「良い思い出になった」と笑顔を見せた。

 物心つくころから音楽に親しみ、高校ではコーラスとバンド活動。学生時代はピアノやギターのある店でバーテンダーをしながら歌っていた。大学卒業後は帝国ホテルに勤めた。

 だが二十四歳の時、不慮の交通事故に遭い、一週間ほど意識不明だった。気づくと下半身がやけに軽い。右脚は膝のすぐ下から、左脚は大腿(だいたい)部から切断されていた。「小学生からスピードスケートをしていて、マラソンも速く、一番自信があったのが足だった」

 事故の衝撃で折れた前歯が目の下に入り込み、日大歯学部付属歯科病院で摘出手術も受けた。その縁もあり、付属の専門学校で歯科技工士の資格を取得。病院勤めを経て、還暦を迎えるころまで私立大講師として働いた。現役時代はつえは使わず義足の足で歩き、実習で立ち仕事も多かった。「言わなければ学生にも義足とは気づかれなかったと思う」と話す。

 シャンソンは「今の自分にできる唯一のスポーツ」と、できなくなったスポーツの代わりに力を入れた。まだあまりやる人のいなかった外国の歌を原語で歌うことを始めた。

 歌好きが集まる店でできた仲間とイベントも楽しみ、障害者対象のコンクールにも出てきた。「義足だからと外に出るのをためらうことはしなかった」。駅にエスカレーターやエレベーターが増えたのは現役を退くころ。苦労も多かったが、「人生七転び八起き」と明るく生きている。 

 

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