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【東京】

<東京人>近代スポーツことはじめ 嘉納治五郎の足跡訪ねる

東京高等師範学校跡「占春園」にある嘉納治五郎像

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 今年のNHK大河ドラマは、来年の東京五輪を見据えた「いだてん」です。前半の主人公は日本初の五輪マラソン代表・金栗四三ですが、陰の主人公は嘉納治五郎でしょう。

 嘉納といえば柔道の創始者としてご記憶の方も多いと思いますが、そもそも嘉納は偉大な教育者で、日本の体育教育創始者の一人であり、「スポーツ」の概念を持ち込んだ人物でもあります。東洋初の国際オリンピック委員会(IOC)委員となり、国際的人望で一九四〇年の東京五輪開催を勝ち取りました。金栗はじめ弟子たちが、戦後の五輪開催へ大きな力を発揮します。

 嘉納は東京高等師範学校、のちの東京教育大学から筑波大学に至る学校の校長を前後二十年以上務めます。校舎は東京メトロ茗荷谷駅そば、筑波大付属小や教育の森公園一帯にありました。ここには江戸時代の大名庭園を引き継ぐ「占春園」があり、中央に嘉納治五郎像が立ちます。

 教育者のかたわら柔術を近代化して柔道を始めた嘉納ですが、その総本山・講道館は、お隣の後楽園駅すぐです。柔道資料館には嘉納の業績の展示があります。開催が危ぶまれた一九四〇年東京五輪の開催をIOC総会で再確認し帰国途中、嘉納は亡くなりますが、帰国印のないパスポートが胸を打ちます。

 嘉納は当初から柔道の国際化に熱心で、その縁で五輪参加を打診され、準備組織として大日本体育協会(現・日本スポーツ協会)を設立します。日本の近代スポーツを語る上で、嘉納の名は欠くべからざるものなのです。 (黒田涼)

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 「都市を味わい、都市を批評し、都市を創る」をキャッチコピーに掲げる月刊誌「東京人」の編集部が、8月号の記事をもとに都内各地の情報をお届けします。問い合わせは、「東京人」編集部=電03(3237)1790(平日)=へ。

 

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