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【東京】

<つなぐ 戦後74年>思い受け取り「平和の種まく」 足立で「被爆体験」聞くつどい

高校生平和大使の活動を紹介する相原由奈さん=いずれも足立区で

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 「被爆体験の証言と音楽のつどい」が8日、足立区役所1階アトリウムを会場に開かれ、長崎の元「高校生平和大使」で東京外国語大大学院生の相原由奈さん(25)が「被爆した方の思いをしっかりと受け取り、平和の種をまいていきたい」と訴えた。 (大沢令)

 「足立区原爆被害者の会」主催の「原爆・平和・戦争を考える展示会」のイベントとして開催された。

 相原さんは、神奈川県在住。高校二年の時、修学旅行先の長崎で語り部の下平作江さんから被爆体験を聞いて衝撃を受け、「自分にも何かできないか」と平和活動に積極的に取り組むきっかけになった。

 一九九八年から核兵器廃絶を国連などで訴えている「高校生平和大使」に応募し、選ばれた。核兵器廃絶を訴える署名を集め、スイス・ジュネーブの国連欧州本部に届けるなどした。大学院生の今もブラジルに移民として渡った被爆者と交流し、証言を記録する活動を続けている。

 「あなたたちは被爆体験を直接聞くことができる最後の世代。平和を次の世代に渡してほしい」。下平さんから最初に掛けられた言葉を、道しるべとして今もかみしめているという。

 相原さんは「平和の種をもらって自分の中で育てるだけではなく、皆さんにも平和の種をまくことができたら」と力を込めた。

広島での被爆体験を話す藤沢汎子さん

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 イベントでは、広島で二歳の時に被爆した足立区在住の藤沢汎子(ひろこ)さん(76)が家族の写真などを示しながら当時の状況を証言した。

 母親に背負われた藤沢さんは防空壕(ごう)に逃げて無事だったが、中学生で十二歳だった兄は延焼を防ぐ建物の強制疎開の作業のために爆心地近くに動員されていて亡くなったという。

 被爆者への偏見や差別について藤沢さんは「あからさまには受けていないが、それを怖がって被爆者の組織に加わらなかったり、名前を出すことに抵抗がある人も多い」などと話した。

 会場では十三〜十五日、原爆被害のパネル・写真などが展示されている。 

 

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