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【東京】

少年の目線で悲劇伝える 元テレビマンが八王子空襲体験記

八王子空襲の体験記を著した石井忠明さん=八王子市で

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 八王子市街地を焼け野原にした1945年8月2日の「八王子空襲」。その惨禍に遭った同市小門町の石井忠明さん(80)が、体験記「ポチとター坊と焼夷弾(しょういだん)」を出版した。世の中の戦争の記憶が薄れる中、子どもたちにも悲劇や恐ろしさを実感してもらおうと、会話や風景などを詳細に記述。少年の目を通したドキュメンタリータッチで描いている。 (布施谷航)

 当時、第七国民学校(現市立第七小学校)一年生だった石井さんは、母の実家の神奈川県に避難。八王子市の自宅に一時帰宅した時に空襲に遭った。炎に包まれる市街地から命からがら桑畑に避難。家族は無事だったが、愛犬のポチを失った。体験記では、空襲を挟んで七月下旬から終戦後の九月に至る一家の日常を記している。

 民放テレビ局で安保闘争やあさま山荘事件を取材した経験から、資料や記憶をもとに映像が浮かぶように文章を構成した。しかし「どこまでアップで描写していいのか、迷いもありました」と石井さん。紅蓮(ぐれん)の炎で包まれる八王子の街並みや機銃掃射で命を落とした母子の姿も描いたが、あまりにも生々しく記憶に残り、ちゅうちょしたという。

 それでも出版したのは「戦争の記憶を後世に残したい」という思いから。中高生にも読んでもらえるように、難しい漢字には振り仮名を入れた。絵の心得がある長女の鈴木明子さん(53)も父の考えに賛同し、挿絵を担当。少年が描いたようなタッチを心がけた。

 八王子空襲を生き抜いた父母からは生前、何度も「大人になったら、子どもたちに伝承しなさい」と言い含められた。「少しでも、その思いに応えられたらいいですね」と石井さん。市内の小中学校に寄贈した。

 「ポチとター坊と焼夷弾」はA5判、四百十一ページで税抜き千二百円。問い合わせは出版元の揺籃(ようらん)社=電042(620)2615=へ。

<八王子空襲> 1945年8月2日未明、B29約170機が八王子市周辺に襲来。約2時間の間に67万個の焼夷(しょうい)弾が落とされ、約450人が死亡。民家など1万4000戸が焼け落ち、市中心部は壊滅状態になった。

 

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