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【東京】

<東京人>台北ディープ散歩 実は盆地で水の都

空から見た台北。山と川に囲まれているのがよくわかる。奥は淡水河

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 東京と同じように、台北の街にも多くの川が流れています。地理と歴史に基づいた執筆活動やまち歩きガイドをされている水瓶子(すいへいし)さんによれば、それは台北盆地の成り立ちと関係があるようです。二十万〜二十五万年前に、断層がずれて台北盆地が形成されました。おかげで、まわりの山々から、多くの河川が台北に流れ込むようになったのです。

 その後、およそ十八万〜二十万年前、北側の大屯火山が噴火し、流れ出た溶岩にせき止められた河川が氾濫。一時期、台北盆地は湖のようになりました。冷えた溶岩が決壊し、やがて水は引きましたが、実は十七世紀にも、大地震の影響で、台北が水の底に沈んだという報告があります。ほとんど記録が残されていないため、湖の大きさなど、確かなことは今もってわかりませんが、まさしく台北が水の都だと感じさせる逸話です。

 十八世紀に入ると、「霧裡薛〓(うりせつしゅう)」「瑠公〓(りゅうこうしゅう)」「大坪林〓(だいへいりんしゅう)」という三つの水路が相次いで整備され、重要なかんがい用水路として機能しました。しかし時は流れ、開発が進んで街から田畑が消えていくと、役目を終えた水路には、生活排水が流されたり、車の転落事故が起きたりと、あまりよくないイメージがつきまとうようになります。

 水路は順に地下化され、一九八〇年代に入るころには、ほとんどが暗渠(あんきょ)に変わりました。近年、水路跡が公園として整備されたり、解説パネルが設置されたりするなど、その歴史をたどる試みが始まっています。 (中村加代子)

※〓は土へんに川

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 「都市を味わい、都市を批評し、都市を創る」をキャッチコピーに掲げる月刊誌「東京人」の編集部が、11月号の記事をもとに都内各地の情報をお届けします。問い合わせは、「東京人」編集部=電03(3237)1790(平日)=へ。

 

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