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【東京】

母に届け 五輪エンブレム 北区の92歳女性、パッチワーク制作

パッチワークで作った作品と石川和枝さん=北区で

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 東京五輪の感動を味わうことなくこの世を去った母にささげようと、北区の九十二歳の石川和枝さんが二〇二〇年東京五輪の大会エンブレムのデザインをパッチワークで仕上げた。楽しみにしていた一九四〇年東京五輪の開催は戦争のせいで中止になり、六四年東京五輪を迎えることなく、母は亡くなった。そんな母の顔を思い浮かべながら、一針一針心を込めたという。 (大沢令)

 和枝さんは、形見として大切にしていた母、戸賀孝子さんの約百年前の長じゅばんを使って、一辺約二センチの六角形の布四百五十九枚を作り、丹念に縫い合わせて土台にした。一月から一日に一、二時間、約五カ月かけて全て手縫いで仕上げた。

 孝子さんは和枝さんら七人の子どもを育てた。故郷の福島県から就職で上京してきた若者四、五人の世話もするなど働きづめの生活だったという。

 縫い物が得意で、四〇年五輪の開催地が東京に決まると、幼かった和枝さんに白地に五輪のマークが入ったブラウスを作ってくれた。戦争の影響で五輪開催が中止になった時には、落胆した様子だったという。そして、戦後間もなく肺炎のため四十六歳で早世した。

 六四年東京五輪の開催時、和枝さんも子育てやホテルのパートの仕事が忙しく、テレビ観戦がやっとだった。家計を助けるため、ドレスの縫製の内職で夜遅くまでミシンを踏んだこともある。

母の戸賀孝子さん(石川さん提供)

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 「東京五輪を楽しみにしていた母に気持ちだけでも届けられたら」。二〇二〇年が目前に迫り、和枝さんはそう念じて制作に打ち込んだという。作品は自宅の玄関に飾って楽しんでいる。利用しているデイサービスの送迎スタッフにほめられたことがうれしかった。

 パッチワークはカルチャーセンターに通ってこつをつかんだ。〇三年には東京国際キルトフェスティバルのキルトコンテスト「日本キルト大賞」和の部門で入選するまでに腕を磨いた。四年前に夫を亡くしてから気力を失っていたが、一月、娘の友人から届いたキルト展のカタログを手に取るうちに制作意欲がよみがえってきたという。

 和枝さんの長女、桜井洋子さん(72)は「自分なりに工夫するのが楽しそうでした。なにより元気になってよかったです」と笑顔を見せた。

 

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