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【東京】

浅草が育てた渥美清 東洋興業・松倉久幸会長が語る

講演の後、広沢虎造の次男、山田二郎さん(左)と握手をする松倉久幸さん=台東区で

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 浅草演芸ホールなどを運営する東洋興業の松倉久幸会長(83)が二十日、台東区の浅草文化観光センター(雷門二)で講演し、浅草芸人だった時代の渥美清さん(一九二八〜一九九六年)を語った。 (井上幸一)

 寅(とら)さん映画で国民的人気俳優となった渥美さんは、ストリップショーと軽演劇の「浅草フランス座」で、専属コメディアンとして芸を磨いた。フランス座は松倉さんの父・宇七さんが開業した。

 渥美さんを間近で見てきた松倉さんは「当初は、客にやじられると『入場料返すから、出て行ってくれ』と言って平気でけんかをして、生活も荒れていた。肺結核で入院し、戻ってきたらえらい違いだった」と命も脅かす病気が、性格を穏やかにしたと分析。渥美さんは朝から楽屋で新聞を読んで、新鮮な時事ネタを舞台に織り込んで客を引きつけていたという。

 このほか、伴淳三郎、長門勇、東八郎、萩本欽一と、松倉さんは浅草から巣立った数々のスターのエピソードを披露。「先人たちが芸の台本を残し、芸人がそれを見て試行錯誤してきた」と、浅草がコメディアンを輩出し続けた背景を解説した。また、「『出世払いで』と芸人を食べさせた店も多い。浅草の食堂のおやじが芸人を育てた」と述べた。

 講演は、高土新太郎さん(75)が主催する「お笑い演芸ゆるゆる寄席」の企画。清水次郎長伝で人気を呼んだ浪曲師・二代目広沢虎造(一八九九〜一九六四年)の次男で元TBSアナウンサーの山田二郎さん(83)も参加し、浅草の舞台に出演していた父親の思い出などを語った。松倉さんも虎造に会ったことがあるといい、意気投合していた。

 

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