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【東京】

<明日へ2020>(2)夢をかなえるナース 訪問看護ステーション「ハレ」代表・前田和哉さん(33) 

東京スカイツリーへ患者を連れていく前田和哉さん(右)ら

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 調理を工夫して、患者の「食べたい」という願いをかなえる−。保険外の訪問看護ステーション「ハレ」(港区)代表で、看護師の前田和哉さん(33)は今年から、新たな取り組みを始める。これまで、老いても、病を患っても、大切な人と幸せな時間を過ごしてほしいと、患者の外出支援に力を入れてきた。そんな幸せに、「食」も欠かせないと思う。

 「あらあら、おいしい」。神奈川県海老名市の自宅で開いた娘(48)と息子(45)との食事会で、女性(77)は牛肉をほおばり、目を輝かせた。すき焼きのいい匂いが部屋中に漂い、ぐつぐつと具材が煮える音が食欲をそそる。

 隣に座る前田さんが「しこたま食べられて、いい日ですね」とほほ笑むと、女性もほっとしたように、笑顔を返した。亡くなった夫には好きなすき焼き店があったといい、娘も「お父さんを思い出してるのかも」と笑った。

 誤嚥(ごえん)性肺炎の心配もあり、女性は普段、ペースト食などを一人で食べる。食卓を囲むと、家族と同じものを食べたがるため、普段は一緒に食事をできない。それでも「家族と同じように肉を食べたい」という思いに応え、この日は、自宅を訪れたシェフが軟らかくした牛肉をみじん切りにするなどして形を残したまま調理した。みなと同じ鍋から具材を取り分け、思い出話に花を咲かせた。

 女性は昨年九月に倒れて入院し、ベッドの上で点滴につながれた状態になり、最初の約一カ月間は絶食を強いられた。認知症の影響もあって、情緒不安定に。「家に帰りたい」と涙を流したこともあった。

 医師から、「年内」の余命宣告を受け、自宅に戻った。ただし、二十四時間の看護が必要で、依頼を受けた「ハレ」の看護師が、十一月下旬から、つきっきりになった。

 自分のペースで動けるようになり、女性は安心したのか、みるみる容体が安定し、二週間ほどすると、一人で歩けるまでに回復した。娘は「日常を積み重ねることができて、ありがたい」と喜ぶ。

 亡くなる前、入院していると、少しむせただけで食事は制限されがち。胃ろうを勧められることも少なくない。「多くの人が闘病中、味覚はないがしろにされて、おいしい物を食べる機会がほとんどなくなる。でも、患者さんは食に強い思いを持っている」と前田さん。

 自宅で暮らしていれば、患者の好きにできる。「ダメですよ」とたしなめても、ビールを飲んだり、たばこを吸ったり。前田さんは訪問看護先で、そんな患者たちを見てきた。でも、それぞれの生き方を尊重できる関わり方が「心地よかった」。

 「家族と同じものを食べることが、だんらんも生む。枠にとらわれることなく、最高の体験を届けたいんです」 (中村真暁)

前田さん(左)の隣に座り、家族とすき焼きを食べる女性(中)=神奈川県海老名市で

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◆「めでたい」終活サポート

 前田さんが訪問看護ステーション「ハレ」を始めるきっかけとなったのは、二〇一五年、末期がんを患っていた妻の母にプレゼントした結婚記念の撮影だった。

 入院中の義母を、娘の成人式の記念撮影などで利用した写真館へ連れ出した。着物に着替え、ウィッグをつけ、メイクも。妻と手を握り合って撮影した写真は、義母の大切な「宝物」となった。毎日必ず、胸に抱いて、幸せそうに眠りに就いていたという。

 「家族として、救われた体験だった。終活には暗いイメージがあるが、『めでたい』を作り上げたいと思った」と前田さんは話す。

 「保険制度が壁となり、できなかった患者の願いをかなえたい」。介護保険や医療保険内での訪問看護では、患者と過ごす時間が短く、できないことが多いため、前田さんは一八年六月、保険適用外の会社として、「ハレ」を設立した。名称は、人生の喜びを表しているという。

 好きな場所で、大切な人と過ごすことの大切さを、常に意識している。これまで、娘の結婚式や家族との温泉旅行、東京スカイツリーへの観光など、患者のお出かけに付き添ってきた。そうして作った思い出は、患者が亡くなった後も家族の心を癒やし、明るくすると前田さんは確信している。

 

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