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【東京】

肥沼医師 誇りに思う 千羽鶴4000羽、児童ら八王子市に託す 来月8日、独で慰霊式

ウリーツェン市に送る千羽鶴を手にする児童生徒ら=八王子市役所で

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 第二次世界大戦後のドイツで伝染病患者の治療に尽力し、現地で亡くなった肥沼信次(こえぬまのぶつぐ)医師(一九〇八〜四六年)の慰霊式が三月八日に同国ウリーツェン市で開かれる。これを前に、出身地である八王子市の小中学生、高校生らが墓前に供えてもらおうと四千羽の千羽鶴を市に託した。 (布施谷航)

 市民グループ「Dr.肥沼の偉業を後世に伝える会」が二〇一六年、没後七十年を機に千羽鶴の寄贈を始め、今年で五回目。肥沼医師の母校である市立第三小学校、ウリーツェン市の学校と姉妹校提携をしている八王子中高のほか、四谷中、川口中、浅川中、宮上中、松木中が参加し、児童、生徒らが折り鶴を手作りした。

 各校の代表が市役所を訪れ、石森孝志市長に千羽鶴を手渡した。八王子高校二年の小川詩織さん(17)は「ドイツと日本の国旗をイメージして配色した。人種や国境を越え、人の命を守るために尽くした肥沼医師を誇りに思います」と話した。

 伝える会の塚本回子代表(78)は「子どもたちは一つ一つ思いを込めて千羽鶴を折った。その思いをドイツの人に伝えてもらいたい」と願った。

 肥沼医師は一九三七年、放射線医学の研究者としてドイツに留学。終戦後、発疹チフスなどの伝染病治療に尽力したが、自らも感染して亡くなった。ウリーツェン市は肥沼医師の偉業をしのび、毎年三月八日に慰霊式を開いている。 

 

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